【第1話のあらすじ】初期研修医1年目・鈴木アイの初めての在宅医療研修。アイと指導医の僕は、坂のてっぺんに住むキヨさんの家にやって来た。


 医師に成り立ての鈴木アイにとって、初めての在宅患者は上野キヨさん、82歳。
 爆心地に近い小学校で被爆。近しい人たちはすでに亡くなってしまったようだ――。カルテにはこう書いてあるが、キヨさんはその話をしたことはない。ただ一度だけ、数年前の8月9日、慰霊式典を放映するテレビを見ながら「いいことなんてなかった」と、呟いたことがあった。
「若い時に、上京して洋裁の学校に行って、仕立屋をね、新宿で。忙しかったねー。自分の店を持って、弟子もいたのよ。でも、楽しかった。休日はいつもゴルフして」
 東京の話をするとき、キヨさんは標準語になる。今も手先が器用で、いつも刺繍や編み物をしている。ジグソーパズルも大好きなようだ。

 5年ほど前、キヨさんは坂の階段で転んで足を骨折。若葉クリニックへの通院が困難になり、在宅患者となった。高血圧をフォローしていたが、頑固なキヨさんは検査嫌い。内視鏡検査を受けさせるのに、僕は2年もかかってしまった。遅かった。
 3年前に胃癌が見つかり、転移もあって手術適応がなく、大学病院で化学療法を数回行った。しかし、それ以上の治療を望まず在宅を選択した。今のところ不思議と大きな病状の変化はなく、ヘルパーや訪問看護を毎日入れて、なんとか坂の上でひとり暮らしを維持していた。だが、最近は足腰が弱り、物忘れが徐々に進み、食事も簡単なものしか作れず、風呂もひとりで入るのが危ない。薬の飲み忘れも多くなった……。癌が見つかる前から5年間診てきたが、そろそろ限界とも思われる。

 先週、ケアマネジャー、教会のボランティアと共に、今後のことを本人に話した。
「あたしの目の黒かうちは、そがんとこには行かん。この家ば、守る」
 ひとりで生きてきた彼女は、「施設」という言葉が出ると、ちょっと語気を強めたが、クリスチャン系の施設だと説明すると、最後には「今度、見学に行きたい」と、弱々しくため息をついた。心は揺れているようだ。
 彼女にとって坂の上の家は、特別な場所なのだろう。
 戦後、東京で長い間働き、50歳を過ぎてこの街に帰って来た。家を建てたこの高台は、戦前に通っていた教会にほど近い。クリスチャンの多い地域で、帰って来た頃は昔馴染みも沢山いたようだ。戦前、戦中、戦後と、80年以上生きてきた彼女にとって、何はともあれ、この家が生きた証であることは間違いない。だから、「できる限り本人の希望に沿って、最後までこの家で」の方針で、医療者だけでなく民生委員や教会の人達とも連絡を取りながらやってきたのだが……。

 居間兼食堂のテーブルに編み物を広げているキヨさん。トレードマークのべっ甲縁の老眼鏡をかけ、お洒落に花柄のワンピースを着こなし、微笑んでいる。研修医アイは、キヨさんの前の椅子に座り、自己紹介をして、診察バッグから血圧計を取り出した。
 僕は隣の畳の部屋へ。
 こっちは、寝室となっている。小さな低いテーブルの上には、やりかけのジグソーパズル。壁には手の込んだ刺繍やレースが飾られ、ベッドからよく見える小さな祭壇には小さなマリア像が置かれている。
 ベッドは、介護保険を利用して電動を入れた。脇に在宅酸素の装置が据えられている。軽い心不全があるので、夜だけ毎分0.75リットルで流している。
 僕はこの部屋で胡坐を組み、iPadから電子カルテを開く。若葉クリニックのカルテは電子化されていて、医師も看護師も、運転手の三津田さんもiPadを持ち歩いている。僕はアナログ派だが、こればかりはしょうがない。キヨさんのカルテを開いて、黙ってアイの初仕事を見守る。
「今日は、お加減は?」「まあ、ぼちぼちね」
「夜は眠れてますか?」「まあ、なんとかね」
「ご飯は食べてますか?」「朝と昼は一緒だけどね」
 薄暗い部屋に、台所から柔らかい陽が入ってくる。逆光の中、老女と若い女性の会話が静かに続く。森の鳥のさえずりが、ぎこちない会話の隙間を埋める。テーブルの向こう側の水槽には、グッピーとエンゼルフィッシュがゆったりと泳ぎ、ガラスが緑色に反射する。
「お通じはどうですか」「1日1回」
「痛みは?」
「あちこち。もう年だからね、治らない。ハハハー。それにしても、可愛いね〜、先生。どこから来たの?」
「関東。実家は神奈川ですが大学は東京です」
「まあ東京! あたしも東京にいたのよ、新宿。西口の近くに」
「そうなんですか」
 キヨさんは毎週毎週、こうやって研修医をほぐしてくれる。