ある医学生から、こんな質問を受けました。
「あの小説は、誰が書いてるんですか?」
「俺だけど」
「嘘でしょ。ゴーストが書いているって噂ですよ」
「………」

 他にも様々な人から、この1年、たびたび質問をいただきました。
「なぜ、小説を書いたのか?」
「どこで、いつ書いていたのか?」
「どうして、連載されたのか?」
「ほんとに医者?」
「どんな本を読むのか?」。

 つまり、質問を要約してみると……、
「あなたは、いったい何者なのか?」

 「フルマッチ」はおかげさまで、今週月曜に連載を終えることができました。「あとがき」に代えて、この質問に回答させてもらいたいと思いますので、もう1話分、お付き合いいただければ幸いです。

時間がゆっくり流れるバイト先で
 話は6〜7年くらい前にさかのぼります。
 私は研修医の時以来、十数年ぶりに、大学へ戻りました。突然の異動でした。その経緯は「白い巨塔」並みの小説のネタになるのですが……、割愛します(笑)。とりあえず、給与が……(泣)。子供もいたので、アルバイト生活が始まりました。そんな頃のお話です。

 大学病院から車で2時間ほど走った、半島の端っこにある病院。
 コンビニで3日分のチョコレートやらコーヒーやらを買い込んで、金曜の夕日を見ながら病院に入り、月曜の朝日を見ながら帰ってゆくという、当直のバイトです。
 静かな病院でした。ときどき
「熱発の患者さんがいます」
「便が3日間でません」と、病棟ナースから呼ばれ……、
「蜂に刺された人が来ます」
「釣り針が刺さった子供、受けていいですか」と、外来のナースから呼ばれ、夜中に看取りをして霊柩車を裏門からお見送りをしたり……。そんな病院です。
 呼ばれることの方がまれで、3日間一度も呼ばれないこともよくありました。いつもゆっくりとした時が流れていて、時間が止まったような感覚に陥りました。

 大学に戻るまでの私は、いわゆる「ドサ周り」で県内外の関連病院を点々としました。数えきれないほど、引っ越しましたが、振り返ると楽しいことが多かったように思えます。ただ、当直は恐怖でした。特に、地域の中核“野戦”病院の当直は。
 救急車を一晩に何台も受けて研修医と共に走り回ったり、吐血が来て止血している最中にまた別の救急車が来たり。私は内科医ですが、小児科医はどこでも少なく、小児当直をやらされ、お子さんと一緒に泣きそうに……。そんな当直を10年くらいやった後の、静かな病院での当直でした。
 本当に、これは現実? 時間って、こんなにゆっくり流れるのか。そんな思いで、外をぼんやりと眺めていました。
 
 当直室の窓からは、海が見えます。
 半島の突端にあり、朝日を反射するまばゆい海、夕日に染まるオレンジの海が見えるのです。窓の前には古い木の机と、革のはげた黒い椅子。座ると、きしむ音が当直室に響きわたりました。
「小説を書いてみよう」
 そう思いました。眼前には、冬の静かな海。今なら書けるかもしれない。
 なぜ? わかりません。
 絵を描いてみようでも、曲をつくってみようでもよかったのかもしれませんが、たぶん青春時代がふと頭をよぎったからでしょうか。

 80年代に高校生活を過ごしました。「青春」という言葉が、死語になっていないギリギリの世代でしょうか。
 ラグビー三昧の高校生活でしたが、本好きで、森鴎外から夏目漱石、村上龍から村上春樹、フィリップ・K・ディックからカート・ボォネガット、小林秀雄から浅田彰……。手当たり次第、なんでも読んでいました。この頃から、小説を書ける人は、別世界の人であり憧れであったように思います。