後で聞いた話だが、小佐々が市の担当者と交渉を進めているところに、フルマッチの知らせが入ると、形勢逆転で、小佐々の要求がウソのようにすんなりと通ったそうだ。研修関連の予算も倍増していいと、厚生委員からの提案もあったそうだ。
「まあ、向こうも手柄が欲しいからな」と、小佐々は苦笑していた。

 同期の大輔だけは冷静にコメントしてくれた。
「浮かれたら、来年しっぺ返しが来るぞ。とにかく、預かった研修医を自分の子どものように一生懸命大事に育てろ」
「俺、子どもおらんよ」
「じゃあ、キャバ嬢と同じくらいに、おまえの愛情を注ぎこめ」
「…………」
    
   ※   ※   ※

 西果中央病院の2013年度初期研修医の定員は5人。そこにマッチした5人の中に山田拓也の名前はなかった。
 西果中央から提出した医学生のリストは、1位を帝大の徳永弘樹、2位を山田拓也、3位を西海医大のカヤック住田修平、4位を住田のカヤック部仲間の坂井翼、5位を福岡の井出穂香、6位を横浜の松尾尚子。6人の受験で、山田が西果を希望しなかったので、松尾が繰り上がり当選となった。
 健はさくらに聞いてみた。
「山田はどこにマッチしたんだろう?」
「結局、『選択しない』という選択をしたみたい」
「どういうこと?」
 マッチングで病院を選択しない。つまりどこの病院も登録しなかったという場合は、11月より開始される二次募集を狙うことができる。もともと、8000人の受験生に1万人の枠があるので、2000人くらいの定員割れが出る。欠員枠を狙う医学生を二次狙いという。

 それには、様々な理由がある。
 卒業試験や国家試験に集中したいとか、受かる自信がないとかいうタイプ。とりあえず、超有名病院を狙い、落ちてから二次で現実的にゆっくり考えるタイプ。そして、なんとなくのタイプ。中には、うっかり登録忘れというものもある。
「山田らしいね。最後まで決めきれなかったとやろー。さくらが、可愛い純粋な若者にひどいこと言ったんやろー」
「そんなことないわよ。私はちゃんと言ったわよ。マッチングと恋愛をからめない方がいいって。私は今、恋をする余裕がないけど、ここで暮らして、一緒に年とってくれる人と、いつかは結婚したいと思っている。でも、山田君はまだ若い。これからの人生だから、西果や私にこだわるのはもったいない」
「それで、山田は何て言ったの?」
「ゲームより難しいって」
 そりゃ、そうだろう。与えられたミッションをクリアしてゆけばパラダイスができあがるゲーム「サイカシティー」より、リアル西果の体験の方が難しいに決まっている。そんな当たり前のことを彼は学んだ。この西果で。来年じゃなくても、山田はきっといつか、またここに来るだろうと、健は思っていた。
     
   ※   ※   ※

 マッチング発表翌日の長崎日々新聞。
『西果中央病院フルマッチ! 市民とスクラム、研修医獲得5人!』
 社会面にデカデカと掲載された記事を、売店のスミちゃんが声に出して読んでいた。切り抜きをレジの横にも張ってくれている。
「健先生、きばったねー。よかったねー。ほら、褒美ばやる」
 爆弾おにぎりにかぶりつく。最高に美味しい。

 その夜は早速、「フルマッチ」の祝賀会。場所は当然、居酒屋「山」だ。
 院長の小佐々、看護部長の太田、事務部長の片山、副院長の緒方、小児科の井上、消化器内科の久保山は言うに及ばず、西海医大からも大輔と女傑・長谷がかけつけた。東京から近藤、博多から友恵も来て、カウンターに洋子の写真とトミさんの写真を飾った。
 店の中には入りきれず、健とさくらは玄関先にビールケースを並べた。即席オープンカフェに座る人たちの顔が、夕日に染まっている。
 30年前、洋子がこの病院で働き、近藤がさくらの母の命を救ってさくらが生まれ、洋子との間に友恵が生まれ……、長い長い物語だ。そして、ここにいる誰一人を欠いても、この物語は成立しなかっただろう。今日の日はなかっただろう。

 地方再生はニヒリズムとの戦いだ。
 人口が減り続ける地方に存在の価値を認めないニヒリズムとの戦いは、自己との戦いである。再生の道はまだまだ果てしなく遠いが、今日はいいさ。無礼講だ。ここにいる人たちと、歌おう、笑おう、踊ろう。夜遅くまで、笑い声は波音を打ち消し、東シナ海まで届いていた。
 
 突然湧き上がった矢倉コールにこたえ、中締めとして、健の挨拶が始まった。
「えー、この度は、フルマッチということで、えー」
 焼酎「神ノ島」の一升瓶が、ごろごろと転がる中、誰もまともに聞いてない。
「えー、何が良かったのかわかりませんがー」
 それぞれに声が上がった。良かったのは博多の説明会、ビラ配り、ホームページにブログ、棚田祭りの田植え……。それぞれに讃え合う中、ほろ酔いのさくらが言った。
「やっぱ、最後に配信した動画メールがよかったんじゃなーい」
 近藤の横で頬を赤くしている友恵も、
「そうそう、ユーチューブでも結構アクセスあったみたいですよ」
と、女傑に教えている。
 ここにいない山田が西果の人々をつなぎ合わせた単純な動画。
 事務部長の片山が、パソコンとカラオケのモニターをつなげた。
 みなの視線を集めて動画が始まり、スピーカーからメロディーが流れ出す。