【第5章までのあらすじ】日本の最西端・西果(さいか)市の西果中央病院で初期研修医の確保を命じられた内科医、矢倉健は西果中央病院の大PR作戦を展開する。その最中、病院を潰したい市長が仕掛けたシンポジウムでは民間移譲の論が優勢となったが、医療界の重鎮・近藤和仁の提言で、病床再編による生き残りへ舵が切られることとなった。生き残りには初期研修医の確保が必須。健の奮闘の結果がいよいよ出ようとしている。
※第6章第1話から第3話はバックナンバーからご覧ください。

 西果(さいか)中央病院の行く末を決めるのは若い研修医。その研修医を獲得するマッチングの最終発表は10月最後の木曜日、午後2時。マッチング協議会のホームページに掲載される。

 しかし、西果中央のスタッフは皆、そのことを忘れていた。中間発表でゼロとなったトラウマから、あえて忘れようとしていたのかもしれないが、院長の小佐々は市議会の厚生委員会に呼ばれて病院改革案の最後の詰め。さくらは、来年から老健施設で働いてもらうヘルパーや看護師を確保するための病院見学会と説明会の準備。総務課の若手も手伝っていた。
 健もこの日は朝から山のような外来患者で、昼飯も食べず、ただひたすら対応していた。午後3時になってようやく外来診察が一区切りついた時、交換からPHSに電話が入った。
「大学の第一内科の教授室からです」
 とっさに悪い予感がした。やばい。悪魔の電話。
「12月の人事で西果中央から全員の引き揚げが決まった。君はどうする? 東京へ帰るか?」
といった話だろうか。教授からの電話はだいたい人事絡みで、いい連絡だったためしがない。電話がつながるのを恐る恐る待っていると、
「矢倉君、やりましたね!」
「はあ〜」
 何をやらかしたんだろうか?

「素晴らしい! 5名、マッチ。たいしたもんだよ。おめでとう。大学も全面的に応援するからね。医局員の派遣の増員も考慮するよ。マッチした研修医をぜひ、第一内科へ入れてくれ。頼んだよ」
 一方的にそう言って切れると、今度は消化器内科部長の久保山が飛び込んで来るなり、いきなり両手で握手。肩を3回たたかれた。
「健ちゃん、やったな。住田修平から、さっき電話があったぞ。ここで研修して、カヤックで国体目指すって」
 外科部長兼副院長の緒方と小児科部長の井上も入って来た。
「おめでとう」の後は、俺の勧誘で入ったんだ、俺だ、俺だと自慢大会が始まった。その光景が、健にはなんとも心地良かった。日頃はむっつりの部長連中が喜び合ってるなんて、見たことがない。いいオッサンたちが10代のラガーマンのようじゃないか。

 忙しくなったのはそれからだった。
 市の福祉保健部長の佐々木一雄がカステラを持って挨拶に来た。
 カステラ消費量全国一を誇る長崎では、詫びを入れるときは必ずカステラを持参するという文化がある。
「矢倉先生、フルマッチおめでとうございます。その節は、うちの部下が失礼を。市長も喜んでおり……」
 誠意の度合いは、カステラのブランドで計る。
「ふ〜ん、『神ノ島の夕日カステラ』? 聞いたことないなあ」
 夕方には県の医療政策課医療人確保対策室長の谷川健三郎から電話があり、来週視察させてほしいとのことだった。
「成功例を県内の他の病院に広げたいんですよ」
 県の医療人確保対策委員会の委員になってほしいとも打診された。

 地元の日々新聞社からは、小出と名乗る記者から電話が入った。明日の記事に載せたいと。
「まあ、失礼ですけど、あんまり特徴のない田舎の病院に5人も研修医が来るのはびっくりなことで、ニュースになるんですよ。何かやったんですか」
「何かと言われても、特段、これと言ったことは……」
「給与を上げたとか?」
「少しは上げましたが、それまで低かったので、平均よりちょっと上ですかね」
 話しながら、健はヤバいと思った。記者はセンセーショナルな記事を書きたいと思っているので、彼のストーリーにはまると、「研修医をカネで釣った」みたいな見出しになる。一般受けしそうな話題にしなければ。
「いや、実は市をあげて医学生を勧誘したんですよ。バスツアーをして神ノ島や西果の魅力を伝えたり、街の人たちの協力で田植えや民泊をやって街の暮らしを伝えたり、市そのものをアピールしました」
「それはすごいですね! 他には?」
 食いついたぞ。
「地味ですけど、研修する体制を整えるために教育センターを作ったり、指導方法について学ぶ勉強会をしたり、瀬渡し船の宿屋を研修医宿舎にしたり、大学の救急医療教育室と連携したり……」
 記者に話しながら、この半年の出来事が頭の中に甦ってきた。結構、俺たち努力してきたんじゃないか。
「すごいですね。やればできるって感じですね。わかりました、それじゃ、明日の朝刊に掲載予定ですので。反応がよかったら、特集組みますから」
 慌ただしく電話が切られると、直後にマッチング・ナビ社営業課長の林田から。
「矢倉先生、おめでとうございます! すごいですね、5名のフルマッチ。奇跡ですよ。連続未勝利更新中のラグビー日本代表がワールドカップで勝つようなもんですよ」
 ワールドカップって3年後だよな。妙な例え話をするもんだ。
「大勝利。大金星ですよ。3年連続ゼロからですからね。これをサクセスモデルとして売り出したいので、矢倉先生にインタビューに伺います。弊社も来年のマッチング対策特集では……」
 もう、来年の話か。商売人はさすがだ。
 こんな電話が夕方まで何本もかかって来た。
「数は力」。健は改めて思った。