切り替わった画面には、にこやかな男が現れた。
「長谷先生、元気ですか〜! 福井の林です! 来年、西果に行きますよ〜!」
「あのカリスマERドクター、林寛之先生の講演会が西果で行われます!」
 林は学生たちにこう語ってくれた。
「どこに行っても結局、やる奴はやる。やらない奴はやらない。研修は、君達のやる気次第だ。ずっと切磋琢磨していく過程こそがプロフェッショナルであって、終わりはない。まだまだなんだ、君も僕も」
 さすが、NHKの『プロフェッショナル』に出演した人の言葉は違う。説得力がある。健は画面に映る林先生に深々と頭を下げ、涙をこらえてパソコンを落とした。
 女傑が帰り際に握手して、「大丈夫」と言ったときには、こらえてたものが落ちてきた。なぜだろう。なんで、この人たちは優しいんだろう。

   ※   ※   ※
 
 いよいよ本当のラストスパートだ。Web説明会で手ごたえが得られた学生に最後のアプローチをしなければならない。マッチング登録締め切りまで最後の1週間となる10月初旬、健は走り回った。
 1週間で飛行機に2回、特急かもめに2回、公用車に4回乗った。きちきちのスケジュールを組んでの営業活動だ。健の担当の入院患者や外来は、医局の皆が手分けして診てくれた。
「学生さんにお土産。これ食べたら、西果を思い出すよ」
 スミちゃんが棚田の爆弾おにぎりを握ってくれた。
「これ食べたら、泣くよ」
 居酒屋「山」の大将は自家製すりみ揚げを作ってくれた。それらをおかみさんが保冷剤入りのパックにして、健に持たせてくれた。
「よか、よか、遠慮せんで」
 いや、遠慮してるわけじゃない。お土産なら、シュークリームの方が……。

   ※   ※   ※

 健は走っていた。不安で走らずにいられなかった。
 彼はいないかもしれない。約束の時間より30分も遅れて赤門前に着いた。東京帝大の徳永弘樹は「長崎からわざわざすいません」と、笑顔で迎えてくれた。良かった。待っていてくれた。
 学内にある池のほとりのベンチに座った。
 紅葉はまだまだのようだ。お土産を開けると、徳永は元農水省キャリアらしく、日本の米と魚の問題は……と語りながら食べ始めた。何を言っているのか、健にはさっぱりわからない。
「あのさ、マッチングの問題は何? 奥さんの反対? 子供の勉強? お金?」
「そこら辺は、西果に行って話を聞いて、クリアしました」
「じゃあ、何?」
「……。勇気ですかね、飛び込む勇気と覚悟。自分も妻も、東京から出たことないんですよ」
 健は立ち上がり、足元の小石を拾い、徳永の手のひらに入れた。
「投げてみんね」
 徳永はしばらくその小石を眺め、立ち上がった。振りかぶって全力で投げる。遠くで音と一緒に、水輪が広がった。
「勇気も覚悟もいらん。気楽に来んね、長崎はどんなやつでも受け入れてくれるところさ」
 浪人時代に洋子にもらった言葉が、自然に口から出ていた。

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