さらに、松尾は西果の研修体制、特に救急科の研修に疑問を持っているようだ。確か、山田も同じようなことを言っていた。
「必修の内科の研修体制は他の病院に引けをとらないと思います。選択の外科や小児科もマンツーマン教育で充実しています。西果中央病院にない精神科や産婦人科は西海医科大学や玄海総合病院で研修できる連携システムをつくってくれたので、心配ありません。ただ、必修の救急がちょっと……」
 確かに救急は、アキレス腱だ。なんとかしなければ。とりあえず、軍資金はできた。状況は圧倒的に不利だが、動くしかない。馬渡が言うように、地方はあきらめたら終わりだ。倒されても、倒されても、最後までパスをつなぎ続けるしかない。
   
   ※   ※   ※

(イラスト:北神諒)

「あたしを西果に? スカウトしに来たわけ? それとも、ナンパ? まあ、どっちにしろ、健ちゃん、いい度胸やね」
 西海医大の女傑・長谷敦子は豪快に笑う。
 長崎の夜景が見渡せる大学病院のヘリポートに、ふたりは立っていた。斜面にびっしりと敷き詰められた無数の光が夜の海にも映り込む。吹き上げる9月の風がひんやりと、女傑のスクラブの袖をゆらす。
「なんでそこまで熱くなるのよ、健ちゃん。東京モンで、フリー医者のくせに」
 健は、はたと考えた。
 どうしてだろう。研修医教育などまったく興味のなかった俺が。小佐々への義理? さくらにいいところを見せたいから? 友恵や山田からの期待? 洋子や近藤の生き方への憧れ? 西果の人々のため? 自分のため?
「面白いからですかね。はっきりした理由は自分でもわからないんですが。やってて、基本、楽しいし、面白いんですよ」
 女傑は、稲佐山の光の稜線をみながら詠うように声を発した。
 澄んだ声が夜空に響く。

おもしろきこともなき世をおもしろく 住みなすものは心なりけり
 
 高杉晋作の辞世の句。健も知っている。
「みんな、面白そうだったから、長崎に来たんだろうね。楽しく、面白いところに、若い人が集まるんだよ。高杉晋作も坂本龍馬も、長崎に来たときは研修医たちと同じ年頃だったんだよね」
 女傑は腕組みをして、150年前の長崎港を眺めている。
「あのヘタレ研修医の健ちゃんも、志士になったか」
   
   ※   ※   ※

 スカイプは同時に20人まで話せるらしいが、総務課のテストで、4人が限界だろうということになった。
 スカイプによる最終説明会への参加は8人。
 これまでの病院見学や東京での面接、田植えイベントに参加、登録してくれた6年生30人に声をかけると、8人が30分の説明会を聞いてくれることになった。もちろん、帝大の徳永や横浜の松尾も入っている。

 Webカメラの前に、女傑と健が座る。女傑の眼力が増す。
「西果中央病院の救急研修は、変わります! 西海医科大学に『救急医療教育室』を創設し、私や大学の救急専門医が交代で、西果中央病院の研修医となる君たちを指導に来ます。実力がつきます!」
 高度救急救命センターは別として、日本の一般的な救急症例は一般的な医師が担っている。日本の救急医療専門医は4000人にも満たないのが現状。だから、西果中央で行っている外科系1名、内科系1名の救急当番制度は、非常に一般的だ。多くの研修病院が同じようなもので、実のところ、西果もそんなに悪くはないのだ。
 しかし、学生たちは何か目玉を、華を求める。それがないと、研修医は集まらないのだ。さすがに、教授である女傑のスカウトは無理だったが、大きな華はもらった。女傑は言う。
「週に3回は、私をはじめ救急専門医があなたを鍛えます。他の研修病院と遜色はありません」
 女傑の声にさらに力が入り、ジャパネットたかたの高田社長(長崎出身)のしゃべりに似てきた。
「さらに、今ならお得のスペシャルメニュー、3点セットをご用意しています! 矢倉健の救急エコー道場、私、女傑の救急救命処置道場、そして、なんとなんと、これです!」