市の職員や病院職員から質問が続き、予定の90分はとうに過ぎた。
 シンポジストの若手プランナー・谷口と富徳、市長サイドの仕込み連中は、健をにらみ付けて舌打ちをしながら、途中で出ていった。
「さすが、矢倉先生。もう、大勢は決まったようだから、僕もここで。でも、ここからが大変ですよ。まずはお手並み拝見。病院だけじゃなく、友恵君やさくらさんもよろしくお願いしますよ」
 さすがはカリスマ指導医の郷田。負けてもクールだ。帰り際にさくらの方を見たが、ガン無視されたことには少々凹んでいた…ように見えたが。
 帰るに帰れないのが市長の出口だ。終始下を向いて座り続けている。

 住民の多くが残って聞いている中、神ノ島の自治会長の西島孝之がマイクを取った。
「近藤シェンシェイは、30年前にひとりで病院ば守ってくれた人たい。みんなもよう知っとる。そいで、今、病院は潰れかけとる。近藤シェンシェイ、また帰って来て、この病院ば、守ってほしか」
 拍手が鳴り出した。
 白髪に腰の曲がった老人たちが、ヨッコラショと立ちあがり拍手をし始めた。気付けば、ほぼ全員が立って拍手をしている。壇上の健は田舎芝居を見せられているようで、照れくさくなってきたが、当人たちはいたって真剣だった。近藤は皆に座るように促して、再度マイクを握り、声を震わせた。
「自治会長さん、ありがとう。しかし、近藤も70を過ぎました。今は小佐々という、私が見込んだ男がいます。彼に任せましょうよ、皆さん」
 自治会長が涙をためてうなずいている。近藤はさらにマイクを持って舞台に向かう。
「30年前の大雨の時に運ばれてきた女性が産んだ女の子がこの病院で働いていると聞きました。感動しました。歴史はつながっています。若い人に受け継がれます」
 さくらが苦笑いする。
「その女の子、すでに子持ちなんですけどー」

 近藤が出口のそばに立った。
「市長さん。まだまだ病院は大丈夫。矢倉君をはじめ、熱意あるスタッフがいる」
 近藤は出口をつれて、舞台へ上がり、健と握手をさせる。もはや、近藤のひとり舞台だ。中央に立ち、スタンドマイクに持ち替えて、
「え〜、そして、私の娘も研修医としてここで働いている」
 オ―。会場がざわつく。シェンシェイのお嬢さんが西果に。
 友恵が立ってぺこりと頭を下げる。拍手が起こる。
「西果中央病院には若い力がある。若い力が復活をさせてくれる。そう信じて、小佐々院長に協力しましょうよ、皆さん」
 近藤は、出口を中央に立たせた。
「市長さんも、応援してくれますね」
 出口は大きくうなずいた。
 ハッハッハー、近藤シェンシェイはサスガー、面白かー。拍手、拍手。
 出口は政治家らしく潮目を読んで、勝ち馬に乗ろうと、マイクを奪い演説を始めたが、誰も聞いてない。途中で健がマイクを奪い返すと、緒方や太田や片山も登壇した。4人が右手を上げ、健が叫ぶ。
「病院を盛りたててください! 頑張ります!」
 西果中央病院講堂は歓喜に包まれた。

   ※   ※   ※

(イラスト:北神 諒)

 聴衆が去った講堂で、近藤は車椅子に座った洋子の手を握っていた。
「さすが先生。昔からこういうのは得意なのよ」
 洋子は、健と友恵とさくらに自慢するように話す。近藤は静かにうなずいた。友恵は目を潤ませ、母と父の手に自分の手を重ねた。
 健もその光景に魂が揺さぶられかけたが、出来過ぎの結末がちょっと気にくわなかった。多分、策士の近藤と小佐々が書いたシナリオがあったのだろう。後で聞いたのだが、大輔も一枚かんでいたようだ。富徳に、「矢倉は流れの医者だから、お金で転びますよ」と吹き込んだらしい。大学側も本気で特区構想に乗ったわけではなかったようだ。
 昭和の香りがする三文芝居にまんまと躍らされた自分が、ちょっと哀しい。

「でも、センパイ、大どんでん返しで、逆転トライ! 面白かった〜。みんな、笑ってたし、いいじゃん、いいじゃん」
 さくらは興奮冷めやらぬという感じで、健の胸へ、洋子のラグビーボールを投げ入れた。
「矢倉先生、私も、夢というか、目標ができました。後期研修、ここで、やろうかなあ〜」
 友恵は、健からボールを取り、洋子へ渡す。
 洋子はさすがに疲れたようだったが、ボールを膝の上に置き、精一杯の微笑を作った。
「さあ、帰ろう」
 近藤が告げると、洋子はボールを近藤へ渡す。さくらが点滴台を、友恵が車椅子を押し始めた。近藤は左脇にボールを抱え、右手を洋子の肩に当てて歩きだした。
 健は、洋子からもらったオレンジ色のネクタイを緩めながら、車椅子の一行を見送っていた。
One for All, All for One.
 いいトライが決まった。しかし、まだ、ノーサイドの笛は鳴っていない。本番のマッチングはこれからだ。健は緩めたネクタイを締め直した。

※「フルマッチ」は毎週月曜に掲載します。

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