【第4章までのあらすじ】日本の最西端・西果(さいか)市の西果中央病院で初期研修医の確保を命じられた内科医、矢倉健は西果中央病院の大PR作戦を展開する。そのメインイベント、「田植えで西果にマッチ! 病院見学&採用試験」で、健の予備校時代の旧知、渡辺洋子が倒れるというアクシデントが発生。洋子はそのまま、西果中央病院に入院することとなった。
※第5章第1話と第2話はバックナンバーからご覧ください。

 西果(さいか)中央病院を潰す目的で市長の出口正信が仕掛けた「西果の医療を考えるシンポジウム」。シンポは出口の思惑通りに進み、病院の身売りは決定的となった。しかし、その終盤、死の淵に立っている渡辺洋子が、文字通り命がけで、西果中央病院を守る演説をぶった。500人を超す聴衆の拍手喝采。中には涙を流す人もいる。流れが変わったかに思われたが……。
 市長側の刺客、玄海総合病院のカリスマ指導医、郷田常道が流れを引き戻す。
「水を差すようで、すみません。渡辺さんの意見は結局、潰れて行く病院に対して、何の手も打たず、現状を容認するということです」
 確かにそうだ。洋子の言葉に感傷的になっていた聴衆は冷静さを取り戻した。
「それでは、郷田先生は、この病院がどのような形になればいいと思っていますか?」
 司会の塚本の声に力が入って来た。
「まず、皆さんの税金をこれ以上、この病院につぎ込むのは危険です。何度も言いますが、経営的にはどう頑張っても厳しい。医師や看護師を集めることもできない。結局は、入院ベッドを廃止して外来だけの診療所にするしかないでしょう」
「じゃあ、入院が必要となる場合はどうするんですか」
「基本的には、市外の病院に行くしかないでしょうね」
「90分かけて車で走るわけですね」
「救急車なら45分で行けるでしょう。ドクターヘリなら5分程度です」
「つまり、命の危険があっても、この距離なら大丈夫と」
「そんなことは言ってませんよ。医学的なことを言えば、避けられない死というものは当然ある。たとえ、西果に大病院があったとしても、助けられない命は沢山あります」
 郷田はかなりムッとした表情になり、マイクを置いた。これ以上議論しても無駄というような、投げやりな態度だった。

 再び、洋子が寝間着姿で立ち上がった。膝に抱えているラグビーボールをさくらに渡し、娘の友恵が腕を支えている。
「私も、この病院がこのままでいいとは思ってません。みんなにとって何が必要かを考えれば、自然とその形は決まると思います。私みたいに死んでいく人は段々と増えてくる。久しぶりに帰ってきたら、みんな年寄りになっていましたから」
 また、笑いが起こる。洋子は自分の死さえ明るく語る。
「人が死ぬことはひとつの産業にもなると思います。私が死のうとしている今、医療や介護の力が必要で、そこにかかわる人が出て来るし、お金も動く。死ぬのにもお金が結構かかります。そうだ、都会の老人に西果に来てもらうのも産業になります。住民票は都会のままで」
 介護や医療にかかる金を都会に払わせて、老人の面倒を田舎で見ようとする方法か。ちょっと、あこぎなやり方だ。郷田は遠慮がちに笑ったが、友恵もさくらも声を出して笑っている。
「死んでからも葬式だ、お墓だって、お金かかるし。私の葬式は、スミちゃんの友達の葬儀屋さんに3割引きでやってもらうように頼んであるんですけど」
 ハハハ―。会場が揺れる。

 壇上の健は、マイクを握るタイミングを計っていた。
 シンポジストの1人、プランナーの谷口裕也が提示する医療ツーリズム計画は、地域の医療を切り捨てる手段だ。地元にお金が落ちることもない。裏で糸を引く富徳太郎にレクサス車中で渡された極秘資料を使い、そのことを暴露するつもりでいた。西果の人たちを裏切る気持ちは、健には毛頭ない。
 洋子の話はまだ続いている。
「だから、それなりのやり方でこの病院も生き残れると思うんですよね。私が死んでも西果中央病院は永遠に不滅です、なんて言いませんけど」
 笑いと拍手が起こり、ひとり舞台となっている。
「市長さん」
 洋子は前列に座る市長の出口に呼びかけた。出口は振り返って、洋子を見る。何が始まるのか。聴衆は固唾を呑んで待っている。

「市長さんは、あの時の救急隊の方ですよね。大水害の夜に、救急車で子どもたちをこの病院に連れて来た。私がここで准看護婦として働いていた、あの時の」
 出口の禿げた頭がこくりと前に傾いた。
「私はあなたが救急隊として働いていた姿を覚えています。若くて頼もしかった。あの時のヘルメット姿はカッコよくて……」
 また笑い声が起こり、禿げた頭が赤くなる。
「ホントにカッコイイ救急隊員だった。そのあなたが、ここを潰すわけないわ」
 拍手と共にヤジも飛んだ。
「ハゲ市長、なんとか言え!」
「西果の医療を切り捨てるのか!」
 形勢は逆転した。
 健の出番ではないようだ。司会の塚本がマイクを向けるが、出口は首を振る。ヤジがひどくなったので、渋々立ち、話し出した。
 大水害の夜に救急車で一番初めにかけつけたのは自分だったとか、どうでもいいような話。病院の将来については、市議会と一緒に再度検討している最中で、ここではっきりとしたことは言えない。曖昧模糊とした、誠に政治家らしいコメントだった。