病院職員と市職員は質問できないルールなのに、会場からは市長寄りの鋭い質問が飛ぶ。
「なぜ患者が減ったのか?」「なぜ累積赤字は減らないのか?」。市長側が準備したと思われる原稿を読み上げる者もいる。中には、「なぜ循環器科や産婦人科、脳外科がないのか?」という素朴な質問をする住民もいた。
 どれも想定内の質問で、健はてきぱきと答えていく。この2週間、毎日、緒方や片山、太田からさんざんレクチャーを受けた。法律や財務もかなり勉強した。いろいろ学び、厳しさも十二分に理解して、健は結論をこう語る。
「確かに、病院には問題山積です。しかし、私個人の意見ですが、結局は医者の数と質の問題。これが解決すれば、ほとんどの問題はクリアできると思います。さて、時間もないので、シンポジウムに移ります。ありがとうございました」
 拍手喝采とまではならなかったが、「あの若造、なかなかやるじゃないか」という空気にはなった。市長の取り巻きは一様に苦虫をかみつぶした表情だが、市長の出口正信だけは余裕の笑みを浮かべていた。
 シンポジウムの司会は、長崎県民放送の塚本恵美子アナウンサー。地元に密着した情報番組を持ち、医療や行政など幅広い知識を持つ。適任だ。
「西果市はご存知のように、このところの人口減少と高齢化が加速し、さらに市の財政は厳しさを増しております。この状況で、どうやって住民の医療を守るのかを様々な視点からお話して頂きたいと思っております。3名のパネリストに10分ずつプレゼンテーションをして頂き、その後5分程度、質問を受けます。さらに、最後に矢倉先生も含めたパネリストの皆さんと、会場の皆様を含めた議論をさせていただきます。それでは、最初のパネリストは……」

 登壇したのは、玄海総合病院救急部の郷田常道。
 友恵の指導医で、さくらの元カレ。西果出身の彼は、完全に市長サイドの論客だった。
「正直、この病院は難しい。ちゃんとした救急をやるなら600床の規模が必要。しかし、この街にそんな大きな病院は不要です。そして、今の300床くらいが一番中途半端なんです。ある程度の医者や看護師が要るけど、経営的には楽にならない。そして、医者も看護師も疲弊する。なぜなら、おそらく国は300床規模の病院を潰して統合しようとしているから。市の財政にとっては、この病院を縮小または廃院にする方がいい。または、民間への完全移譲。選択肢はほとんどありません」
 どよめきが起こった。彼の示すスライドは合理的で、反論の余地がない。市長サイドの仕込みが次々と手を挙げ、賛成意見を口々に述べた。
 女傑からもらったピンクのスクラブを着て母の横に座る友恵は、尊敬する郷田の話を顔色ひとつ変えずに聞いていた。すると、さくらがつぶやいた。
「元カノとしては、あの七三分けの髪はやめてほしいんだけど。昭和だよ」
 友恵がくすりと笑う。

「ありがとうございました。次のシンポジストは、小さいお子さんを持つ母親の立場から……」
 司会の塚本が紹介したのは、30代でふたりの子を持つ中村修子。ジーンズにTシャツ姿で登壇した。
「私も、私の子どもたちもこの病院で産まれました。上の子が喘息で、夜間も時々お世話になってて、小児科の井上先生やスタッフの方々には、ホントに感謝してます。患者の立場からすると、この病院がなくなったら大変なことになると思います。喘息は夜中の発作が多いので、病院がなくなったら、やっぱり引っ越しせざるを得ないのかなあと思います」
 母親である中村は涙ぐみながら続ける。
「小児科の先生は井上先生ひとりになって……。井上先生が倒れないか、心配で……」
 その井上は、ここにはいない。今も外来診療中だ。
 健は拍手が起こると思っていたが、皆、静かに聞いていた。誰も何も言わない。
 市長サイドも彼女には攻撃しない。郷田の意見と母親の意見は対立するようだが、結局のところ両方とも事実なのだから、何も言えないという空気が包んでいた。
 住民の多くは、病院の存続に対して賛否を強く主張したいわけではない。風見鶏的なスタンスである。だから出口はなく、閉そく感が漂うシンポジウムになっていった。
 司会の塚本は、盛り上がりに欠けるムードを打ち破ろうと声のトーンを上げ、次のシンポジストを紹介した。
「行政や病院と共に多くの革新的事業を手掛ける、注目のプランナー。谷口裕也さん!」