【第4章までのあらすじ】日本の最西端・西果(さいか)市の西果中央病院で初期研修医の確保を命じられた内科医、矢倉健は西果中央病院の大PR作戦を展開する。そのメインイベント、「田植えで西果にマッチ! 病院見学&採用試験」で、健の予備校時代の旧知、渡辺洋子が倒れるというアクシデントが発生。洋子はそのまま、西果中央病院に入院することとなった。
※第5章第1話はバックナンバーからご覧ください。

 矢倉健はひとり、壇上に立っている。
 病院講堂に集まった500人を超える市民の視線を感じる。額に汗がにじむ。
「こんばんは。西果(さいか)中央病院、病院長代理、矢倉健です。西果の医療を考える市民の集いへ、ようこそ」
 拍手はない。静けさの中、扇風機の羽根の音が不気味に響いている。聴衆は互いに顔を見合わせて、どうリアクションを取るべきか迷っているようだった。壇上に立っているのは、病院長の小佐々でなく、副院長の緒方でもない。何が起こったんだ? 明らかに戸惑っていた。

(イラスト:北神 諒)

 その時、真ん中の席から甲高い声が上がった。
「ヤグラシカ先生、気張れ!」
 笑いが爆発するように起こった。その後は、「健ちゃん頑張れ」とか、お調子ものの意味である「ノボセモン」の声があちこちで起き、拍手が鳴った。
 会場の空気を一変させた声の主は渡辺洋子だった。点滴台と酸素ボンベと共に車椅子で参加していた。膝の上にラグビーボールを抱き、友恵とさくらが両脇に座っている。重装備の患者を数人参加させたのは、副院長の緒方と看護部長の太田の演出だった。

「この病院が潰れたら、どこで死ねばいいか。市長に聞いてみるさー」
 洋子をはじめ、他の患者たちもやる気満々だった。しかし、洋子の一声は、対決ムードにも火をつけることとなった。
「誰だ、おまえ!」
「若造、ひっこめ、病院長を出せ!」
「帰れ!」
 前方に陣取る参加者も声を上げ始めた。西果中央病院を潰したい市長側の仕込みの連中だ。
「え〜、若造ですみませんね。小佐々先生が病気療養中ですので、私が代わって、本日のシンポジウムを仕切らせて頂きます。やぐらしか〜の矢倉健です」
 講堂が暗くなり、スライドが映し出された。舞台脇に立つ健は、オレンジ色のネクタイ。
「あたしがプレゼントしたのよ」
 洋子が友恵にささやく。半袖のロングコートの白衣。ボサボサ頭はきれいに整い、ボロボロのスニーカーは黒光りのする革靴に替わっている。
「かっこいいね」と、友恵がつぶやくと、
「付き合えば? お似合いよ」と、さくらが冷笑する。
 健の声が響く。
「それでは、現状の西果中央病院について、説明します。まず……」
 病院の概要、外来患者数、入院患者数、在院日数、病床稼働率、単年度収支、累積収支……。健は丁寧に解説していった。
 
 病院長の小佐々は狭心症で、西海医科大学病院に2週間前から極秘入院していた。大輔と健が釣りに出た翌日、小佐々は当直明けの早朝に狭心症発作を起こし、自ら救急車を呼んだ。さくらが同乗し、大学では大輔が治療に当たった。
「あれだけ働いたら、病気しないほうがおかしい」と、さくらが言っていたとおりになった。
 小佐々が搬送された翌日、大学病院の特室に呼ばれた健は、院長代行を務めるように言われ、「はい」と一言だけ答えて病室を去った。
 苦渋の決断であったろう。
 副院長の緒方や看護部長の太田などは、市長と昔からの付き合いであることを住民はよく知っている。いくら対決姿勢を打ち出しても、裏でつながっていると邪推される。医局から派遣されている久保山など部長クラスを代行に据えるのは、医局の力関係などを考えて教授陣に根回しするとなると、調整に時間がかかる。それ以前に、誰もやりたがらないだろう。消去法で行くと、自分しか選択肢がなかったのではないか。
 大学病院からの帰路、健は事務部長の片山とともに小佐々の心中を想像した。