【第4章までのあらすじ】日本の最西端・西果(さいか)市の西果中央病院で初期研修医の確保を命じられた内科医、矢倉健は西果中央病院の大PR作戦を展開する。そのメインイベント、「田植えで西果にマッチ! 病院見学&採用試験」で、健の予備校時代の旧知、渡辺洋子が倒れるというアクシデントが発生。洋子はそのまま、西果中央病院に入院することとなった。

 「生き様」とは、「死に様」からの転用で使われるようになった言葉だという。
 母の「死」が、自分の「生」となった渡辺洋子。その生き様は、常に「死」という終着点を意識したものだったのかもしれない。
 55年前、渡辺文子は、町立西果(さいか)病院で洋子を出産して亡くなった。その日、6月23日は洋子の誕生日であり、母の命日でもある。30年の時を経て、再び命日に祈るために西果に帰ってきた彼女だったが、おそらく覚悟して帰ってきたのだろう。
「この病院で私が生まれ母が死んだのだから、私が死ぬのも同じところ」
 こう言って、大学病院への搬送を拒否した彼女の診断結果は、末期の膵臓癌だった。
「ふるさとの土…、ちがうね。私は神ノ島の砂になるために帰ってきたとよ。ちょうどよかタイミングやった。娘もひとり立ちし、店もたたんできたし、東京に思い残すことはなかよ。楽しかった。ありがとう、東京って感じよ」
 トミさんが逝った個室で海を見ながら、洋子は健と幼馴染みのスミちゃんに笑いながら話す。枕元には、白い小さなラグビーボールがある。19歳の健が東京で洋子に贈ったボールだ。さらに、今回、皆がお見舞いメッセージを書き入れた。洋子はいつもそれを抱いて寝ている。

 あの棚田祭りからもう1カ月が過ぎようとしている。 
 入院当初、洋子は貧血が進み、感染を起こし、全身の血液が固まったり、出血しやすくなったりするDIC(播種性血管内凝固症候群)の状態に陥ろうとしていたが、輸血や抗生剤の投与などで安定した。小佐々や娘の友恵は、大学病院への転院を説得しようと試みたが、洋子は頑なに拒否した。
 友恵は郷田に嘆願して、2回目の地域研修を西果で行うこととなり、7月半ばから西果中央病院に舞い戻っている。洋子の主治医は小佐々から健に代わった。小佐々は最近かなり忙しく、病院で見かけない。市長が企むシンポジウムへの対策で駆け回っているという噂だ。剣が峰に立っている小佐々は病室にも来ない。洋子に対して、あるいは洋子が迎える死に対して冷静に向き合えないのかもしれない。

(イラスト:北神 諒)

 友恵は自ら希望して母・洋子の担当医となり、主治医の健の下で働くこととなった。
 友恵は一縷の望みを持って大学の腫瘍内科にコンサルトし、抗癌剤治療を始めた。第1クールが終わろうとしている。幸いにも副作用はない。
 柔らかい日の光が洋子の顔にあたっている。気分はいいようだ。スイッチを自分で操作し、ベッドを起こした。健とスミちゃんに、東京時代の話を続けていた。
 そこに、さくらとおかみさんが大きな荷物をかかえ、友恵がサユリの手を引いて、賑やかに入ってきた。

 さくらは白いワンピース。土曜日で非番のようだ。友恵もTシャツ姿。担当医でなく娘として来たということだろう。スミちゃんも加わり、なにやら作業を開始する。慌てる健をよそに、女たちは床にブルーシートを広げ始めた。
「やめろ! ここで、遠足せんでくれ! また、師長から怒られる。さくら、おまえ、ここの主任だろ。友恵、おまえ担当医だろう!」
「まあまあ、まじめな先生だこと。固いこと言わないで」と、ふたりはおどける。
「お菓子は持ち込み禁止よ。ああ〜、重箱まで用意してる」
 昔、田舎の病院では、個室に入院する=死を迎える=人が沢山くる=飲み食い=遠足……みたいなところがあった。健が勤めた離島の病院などでは、畳を持ち込んで、酒を酌み交わすこともあった。西果もその名残をとどめている。トミさんの時もそうだった。これが田舎なりのホスピスなのだろう。  
 健は苦笑いしながら、さくらが水筒から注いでくれたコーヒーを受け取った。

 洋子は膝の上で市報の『7.23シンポジウム西果の医療を考える市民の集い』のページを開いていた。話題はおのずと病院のことになり、「市長はバカだ」「病院を潰したらダメ」「小佐々を助ける」などと女たちは息巻く。そして、話はどんどん飛んだ。
「自衛隊のさくら丸の上で生まれたから『さくら』よ。近藤先生が取り上げて」
「ちがう、ちがう。私は船で長崎まで運ばれて、大学病院で生まれたの」
「ちがうよね〜」と、スミちゃんが洋子を見る。おかみさんが、せんべいをかじりながら言う。
「あの頃、近藤先生は、カッコよかったね。すぐに洋子ちゃんとね〜」
 スミちゃんが返す。
「ちがうよね。最初は近藤先生が連れてきた研修医の、え〜と、名前なんだっけ」
「あ〜、そういえば、いたね。結構、イケメンだったよ。名前は…、忘れた」
 洋子が微笑む。
「ハハハー、その男と洋子を見合いさせたのよ。近藤先生が」
 スミちゃんによると、洋子は大水害の夜に西果で働いていた研修医とお見合いし、結婚まで行きそうになった。しかし、土壇場で、洋子に両親がいないことを理由に断ってきたそうだ。それを不憫に思った近藤が、洋子の世話を焼くうちに……。
「コクられたわけね」
と、友恵が洋子にアイスクリームを食べさせる。