「さあ、皆さん、それぞれに考えましょう。いい研修とは何か? いい研修病院とは何か? 自分が働きたい病院は? キーワードをこの紙に書きましょう!」
 細長い小さな短冊のような紙を手渡す。
「どんどん書いてください。何枚でもいいですよ。カンニングもOK」
 学生たちは、それぞれにマジックで書いていく。
「やっぱ、救急症例数だよね」
 住田が切り出すと、
「うん、でもバランスが大事じゃないかな。救急ばっかりじゃね」
 井出穂香が返す。
「そうそう、こないだ見学した救急病院、忙しすぎて、勉強にならないし。看護師さん、めっちゃ怖くて」
 坂井翼が大げさに話すと、
「西果の看護師さん、優しいですよ。よく教えてくれるし」
 山田がいい感じでアピールしてくれる。
 初めて同士の学生たちだが、会話が弾み始め、短冊にキーワードがどんどん書き込まれてゆく。

(イラスト:北神 諒)

『雰囲気を良くする』
 女傑の第一の狙いだ。健はにんまりしながら、次の指示を出す。
「それじゃ、沢山書いた短冊を分類しよう。例えば、ランチだったら、パン系、おにぎり系、麺類系、どんぶり系、スープ系…とかあるでしょ。そんな感じで」
 医学生は、基本的に頭がいい。すぐに理解して、短冊の束をまとめてゆく。
「住田の『いい指導医』と穂香さんの『指導力』は、まとめて【指導体制】でいいんじゃないかな」
 いつの間にか、坂井翼が仕切っている。キャプテン翼か? グループ内の役割も出てきた。住田の役割はムードメーカーのようだ。
「山田君の『コミケ出展』て、何よ? あのオタクの祭典に、コスプレして出るの? それが、いい研修? いいわ〜、やりて〜、俺。コスプレして〜、セーラー服着てえ〜」
 爆笑。住田は山田を気にいってくれたようだ。
 穂香が『コミケ出展』と『カヤック国体出場』を、【アフター5の充実】という項目でまとめる。
「いかにも、ザ・ゆとり世代だなあ〜」
 旧世代の井上と久保山が目を合わせて微笑んでいる。「ゆとり」と一括りにできるほど単純なものではないことは二人とも知っているはずなのに、お決まりのフレーズがつい口に出てしまうようだ。
 それにしても、若い世代の発想には素直に驚かされる。そして、だんだんと人間関係をつくり、まとまってきている。
『チームをつくる』
 女傑の第二の狙いもうまく行っているようだ。
「いいですね〜。ナイスですね〜。さあ、分類もうまくいきました。それでは最後に、それぞれの項目の関係性を考えて、いい研修の図式をつくりましょう!」
 健が張りのある声で指示を出した。熱気が増してきた。学生たちの風呂上がりの頬が、さらに赤くなっている。

研修医のやる木(気)

「お〜、すごいのが出来上がったね」
 副院長兼外科部長の緒方とさくらが入ってきた。
 別室にいた事務部長の片山と帝大の徳永、着替えてきた女傑も加わった。模造紙がホワイトボードに貼られると、代表して翼と穂香が発表を始めた。途中で、住田が「アフター5」の重要性を踊りながら説明して、笑いをとる。まじめな徳永が指導体制について学生側からの見方を付け加える。いろんな病院を見学しているようだ。山田も職場の雰囲気がいかに大切かを力説する。
「素晴らしい!」
「最高!」
 久保山も井上もスタンディングオベーション。若い感性に旧世代の医師たちは拍手喝采した。
『何が大事か、学生に気づかせる』
『何が大事か、指導者に気づかせる』
 第三、第四の狙いも完璧だ。
 全て狙い通り。
 この後、医学生4人と指導医たちが、「いい研修」について大いに議論し始めた。わいわい、がやがや、いい感じだ。この病院でこんなに熱く教育を語るなんて、1カ月前じゃ想像もできなかった。病院は確実に変わろうとしている。山田と友恵の実習、ビラ配り、カヤックコン、マルサ、指導医講習会、東京での面接、市役所での談判……。無駄ではなかった。健は、胸が熱くなり、輪からひとり離れて窓際にたたずむ。なんか、いい。いい感じだ。涙腺が開き、窓の外の神ノ島が滲んでくる。
「ウッ…」
 さくらの鉄拳が入った。
「なに、感傷にひたってるのよ。ここが勝負でしょ、さあ、アピールして!」
 そうだ、女傑の最後の狙い。
『西果中央でいい研修ができると、納得させる』

 健は気を取り直し、学生の前に立った。
「さ〜、白熱しておりますが、最後の締めとして、少し説明をします」
 スライドが映し出される。
「皆さんが気にしている症例数ですが、西果中央は……。これ、どうですか!」
「お〜、結構な数ですね」
「いろんな症例ありますね」
 住田と翼が感心している。
「指導体制も変えます。基本は指導医とのマンツーマンですが、各病棟に研修医指導ナースも配置します。毎週、テレビ会議システムを使い、西海医科大学と合同で研修医のための勉強会を開催します。電子教科書のUpToDateやDynamedで世界の最新医学情報も得られます」
 後半は、大輔たちの協力のおかげだ。
「へ〜、意外にすごいですね」
 穂香が彼女なりのクールな反応を示すと、片山が立った。
「給与も上げます!」