【第3章までのあらすじ】日本の最西端・西果(さいか)市の西果中央病院で初期研修医の確保を命じられた内科医矢倉健は、西果中央病院の大PR作戦を始めることになる。東京で医学生の面接を終えた夜、お茶の水で訪れたカフェで、ママの渡辺洋子に16年ぶりに再会。西果出身の洋子は健に、30年前の長崎大水害で西果中央病院に起こった出来事を語った。
※第4章第1話、第2話はバックナンバーからご覧ください。

 来年の新人医師(研修医)となる医学部6年生はほぼ8000人。そのひとりでも多く獲得しようと、全国約1000の病院がしのぎを削るのが、研修医の公的争奪戦『マッチング』だ。医学部6年生の就職先は、次のような手順で決まる。

6月、マッチング協議会にマッチングへの参加登録をして、個人IDをもらう。
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6月から8月、いくつかの病院の採用試験を受ける。
(試験は複数回行う病院が多い。西果中央病院の場合、東京とこの日の計2回)
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学生側は、受験した病院の中で行きたい順位を決めて、協会に登録する。
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病院側も、採用試験を受けた学生に順位を付けて、協会に登録する。
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9月末の中間発表を経て、10月末に、協会がマッチング結果を発表する。

 簡単に言えば、お互いに希望は出すが、「この人と結婚しなさい」と決めるのは結婚相談所だ。決まったら文句が言えない。全てがコンピューター上で行われる味気ないものなのだが、何はともあれ、病院側にしてみれば、お見合いならぬ採用試験を学生に受けてもらわなければ始まらない。

 青田刈りならぬ『田植えで西果にマッチ! 病院見学&採用試験』には、6年生10人が集まった。田植えで雰囲気を盛り上げて、そのままの流れで採用試験という計画であった。しかし、研修医・渡辺友恵の母、洋子が棚田から転落し、西果中央病へ搬送されるというアクシデントが起こり、若干の修正を加えなければならない。

「健先生、ごめん。あとは任せたよ」
 院長の小佐々は洋子の診察やオーダー出しのために、病棟へ急いで上がった。
 棚田にいる片山事務部長へ連絡すると、予定通りマイクロバスに医学生を乗せて神ノ島の「夕日の温泉」へ向かい、夕方4時頃には病院に到着するという。小児科部長の井上と消化器部長の久保山が、しっかり対応しているようだ。安心した。
 健は、搬送を手伝ってくれた徳永と住田に、閉まっている売店の自販機でコーラを買い、温泉の場所を教えた。歩いていける距離だ。
「ありがとう。助かったよ。ひとっ風呂浴びてこんね」
「いい勉強になりました」
「まさに、ザ・ 地域医療って、感じですね」
 健は曖昧な笑みを浮かべて、ふたりを送った。
 洋子のことが気になるが、採用試験の準備をしなければならない。女傑・長谷敦子にも温泉を勧めたが、「女優は、人前ではスッピンにならない」と冗談だか本気だかわからないことを言って、小会議室の採用試験の設営を手伝ってくれている。

「健ちゃん、試験の段取りはどうなってるの?」
「最初に院長挨拶があって、30分くらい研修プログラムの説明を僕、処遇などの説明を片山さんがして、最後に緒方先生が……」
「ダメだよ! そんなの。風呂上がりの学生は、眠くなるわよ」
 確かにそうだ。型どおりの説明会ではつまらないし、差別化はできない。
「じゃあ、どうすれば?」
「あたしが一肌脱ごうかしら。秘策があるわ」
 女傑が健に耳打ちする。 
「***」
 なるほど、確かに。秘策というより奇策だ。
「********」
 それにしても、この人は何故、ふたりしかいない部屋でヒソヒソ耳打ちをするのだろうか?

   ※   ※   ※

「皆さん、田植え、楽しかったですか!」
 拍手が巻き起こる。
「さあ、これから西果名物の夕日を見てもらって、お待ちかねの大宴会ですが、その前にゲームをしましょう!」
 健のテンションについていけず、学生は若干ざわついている。照れてはダメだ。郷田の言葉を思い出す。ここは開き直ってカリスマ指導医を演じるしかない。
「今から、皆さんで、『いい研修とは何か』ということを話し合ってもらいます」
「採用試験はしないんですか?」
 山田が質問する。
「します。これから皆さんで『いい研修』について、ワークショップ形式で、作業をしてもらいます。この1枚の模造紙に、協力してまとめ、発表してもらいます。その作業過程を私と久保山先生と井上先生が観察します。それが採用試験です」
「え〜、マジ〜〜」「聞いてないよ〜〜」
 学生たちは驚いている。

 ここにいる学生は4人。
関東医大のマッシュルーム、山田拓也
西海医大カヤック部、住田修平
住田の友達、やはりカヤック部の坂井翼
女傑が連れてきた福岡の医大生、井出穂香

 東京帝大の徳永は、東京での面接が採用試験だったということでこの日の試験は免除され、市の移住係の上戸係長たちに市内を案内してもらっている。棚田に集まった6年生10人のうち、5人が採用試験を受けてくれたことになる。上出来だ。久保山が学生に言う。
「まあ、健先生が、何か難しいことをしよるけど、結局、5人枠に5人受験だから、全員合格でしょう? 皆さん、おめでとう!」
 学生から拍手と笑いが漏れる。
「健ちゃん、もうやめようよ。早く飲みに行こう」
 久保山は本気で言い出したが、
「まあまあ、健先生が一生懸命やってるから、皆で協力しましょう」
 井上が優しく言ってくれた。確かに合格は確定だが、全員がここを希望しないこともあり得る。
 西海医大第一内科、健の親友、大輔の言葉がよみがえる。
「医学生なんて信じちゃだめだよ。『来年はここで研修します』『ここが第一志望です』『この病院しか受けません』なんて宣言するくせに、いざ蓋を開けると誰もいない。マッチングはだまし合いだからね。気を抜いたらやられるぞ」
 そう。ここからが勝負なのだ。この4人を必ずゲットする。