土手ではスミ子や職員たちがじっとこっちを見ている。
 蝉の声が聞こえる。海から吹き上げる風が4人の顔を冷やす。健は、カヤック医学生の住田の顔をのぞき込んで言った。
「プライマリサーベイのDは?」
 住田は緊張した顔から、きょとんとした医学生の顔に戻った。健にも小佐々にも少し余裕が出てきた。洋子の気道確保と頸椎保護、循環動態は今のところ問題なさそうだ。住田が口をもごもごさせていると、帝大の徳永が、
「Dは、中枢神経障害。GCSは…、目をつむったままだし、オリエンテーションがイマイチ。指示には従うので、えっと、E3V4M6くらいですか」
「素晴らしい。さすが、徳永君」
 小佐々が言うと、洋子の目が開いた。
「相変わらず褒め上手ね」
 サイレンの音が棚田を囲む山々にこだましながら、近づいてきた。

「血圧110の72、パルス60の正、SpO2 97%」
 救急車に乗り込んだ女傑はさくらの報告を聞きながら、心電図モニターを見る。
「ST変化はなさそうね。健ちゃん、瞳孔は?」
 ペンライトで対光反射を確かめる。
「瞳孔、3ミリ3ミリ、対光反射異常なし」
 救急車の外で見守る小佐々に救急隊員が近づく。
「院長先生、どこへ搬送しますか? ヘリ要請しますか?」
 小佐々は腕を組んで空を見上げる。
 倒れた原因と倒れた後の外傷を考えなければならない。原因が脳卒中や心臓病ならば、すぐに大学へ送る。しかし、状況からすると血管系の可能性は低そうだ。体表に目立った外傷はないが、内臓ははっきりしたことはわからない。エコーを持ってくればよかった。今は安定している、単なる起立性低血圧の可能性もある。
 西果中央へ運ぶか……。しかし、万が一の場合、手遅れになるかもしれない。
 やはり大学だろう。女傑もうなずいている。
「どこに送りますか?」
 隊員の声が大きくなる。小佐々は「大…」と言おうとしたが、その声は打ち消された。
「西果病院へ運んで。あそこが私の病院たい。あそこで私は生まれたけん、死ぬのも……」
「動いちゃダメ!」
 救急車の中で声が響き、職員や学生が集まってくる。起き上がろうとする洋子を健と女傑が押さえていた。
    
   ※   ※   ※

 西果中央病院のCT室。救急車は外に待機させてある。
「意見の分かれるところだろうが、ここは全身CTかな」
 小佐々が医学生の徳永と住田に説明すると、女傑が後押しする。
「高エネルギー外傷なら、バイタルの安定化を図ってトラウマ・パンスキャン。すなわち全身CTを撮るのが今の主流よ!」
 CTを撮り終えて洋子を再びストレッチャーに移した後、読影室のモニターを囲む。健がマウスを動かすと、輪切りの臓器画面が次々とモニターに浮かぶ。
「頭は大丈夫ね」
 女傑が腕組みをしたままつぶやく。
「肺にポツポツありますね」と、健もつぶやく。
「これは直接関係ないでしょうね」
 女傑と健が話し、小佐々は黙っている。健の右手が止まった。全員、静止した画面を食い入るように見る。女傑は大きなため息をひとつ吐いた。
「搬送中止」
 読影室に入ってきたさくらに小さく告げた小佐々の声は震えていた。

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