【第3章までのあらすじ】日本の最西端・西果(さいか)市の西果中央病院で初期研修医の確保を命じられた内科医の矢倉健は、西果中央病院の大PR作戦を始めることになる。東京で医学生の面接を終えた夜、お茶の水で訪れたカフェで、健はママの渡辺洋子に16年ぶりに再会。西果出身の洋子は健に、30年前の長崎大水害で西果中央病院に起こった出来事を語った。
※第4章第1話はバックナンバーからご覧ください。

『田植えで西果にマッチ! 病院見学&採用試験』
 当日は快晴。見事な青空が広がっていた。来年の研修医を西果(さいか)中央病院へ集める最後のチャンスだ。

 健は棚田の一番上に立っていた。
 300枚を超える棚田が東シナ海を見下ろす山の斜面に扇状に広がっている。長い歴史があるが、今は数軒の農家により何とか守られている。数年前より始まった棚田オーナー制度の田植えイベントが当たって年々大きくなり、今や『西果棚田祭り』として名が売れ、市の内外からたくさん人が来るようになった。 
 今日は朝から田植え体験、ハウスみかん収穫体験、草木染め体験などが開催され、棚田オーナーたちや近隣の子ども会で賑わっている。夕方からは、夕日のフォトコンテスト、灯籠点火式、棚田周辺の古民家を利用した街コンや民泊体験が催される。
 忙しそうに働くスミちゃんは、健やさくらにぼやく。
「いそがしかー! でもね、人が来るのは、うれしかねー」
 棚田の両脇に通る道路にはずらりと県外ナンバーが並び、中腹の小さな公園には観光協会のテントが2つ張られ、町の特産品の棚田米や焼酎「神ノ島」、夕日のオレンジムース、神ノ島シュークリーム、海産物などが飛ぶように売れる。
 そんなお祭りムードの中でも、売店や電柱など至るところに貼られた『7.23シンポジウム西果の医療を考える市民の集い』のポスターが目につくが、今日ばかりはその話題は一切出なかった。

 スミちゃんの田んぼは棚田の一番上に、10枚ほどある。
 病院の職員たちと医学生が午前中、2時間ほどかけて手で植えていったが、まだ半分ほど残っている。
 お昼となって、皆、土手に座り、タオルで汗を拭きながら、差し入れのジュースやお茶を飲んで、スミちゃんの息子が機械で植えていくのを眺めていた。スミちゃんは上機嫌で、おにぎり弁当を配って、若い看護師たちに愛想をふりまいていた。
「誰か、うちの息子をもらってくれんか」
「おばちゃん、去年も同じこと言ってた」
 ドッと笑いが起こる。
「田植えの手伝いというより、息子さんの品評会みたいなもんね」
 おばちゃんを茶化すさくらの横にはマッシュルーム山田がいる。サユリを膝の上に乗せて草スキーをして、写真を撮り、おにぎりを頬張る……。らしくもなくエンジョイしているようだ。さくらは山田の頬のご飯粒まで取ってやっている。
 あいつら、本当に付き合っているのか? 
 健は舌打ちをした。でも、そうであれば、マッチング1名確保は間違いなしか。いや、いや、でもそれは……、禁忌。

 腕組みをして視線を横に向けると、東京会場の面接に訪れた東京帝大の徳永が奥さんと2人の子とともに、ビニールシートを広げている。ネクタイを締めた西果市役所の移住係の上戸係長と麦わら帽子の副院長の緒方が何やら一生懸命説明し、奥さんは真剣にうなずいている。
 その向こうでは、海パン1枚の男子軍団が騒いでいる。カヤックで国体を目指している住田は、医大のカヤック部の仲間を連れてきた。消化器部長の久保山と小児科部長の井上が楽しそうに相手をしている。小佐々は疲れたのだろうか。木陰で休んでいる。すると、背後から風を切る音が近づいてきた。
「ここから、おニューのドライバーで打ち下ろしたら、最高だろうね!」
 振り向くと、傘でシャドウスイングをしている新橋駅ホームのおっさん……ではなかった。女傑・長谷敦子のお出ましだ。今日はフェアレディーZではなく、ワゴン車を運転して医学生を数人連れてきてくれた。
 今日集まったのは6年生だけでも10人、5年生、4年生を合わせると18人。大成功と言っていいだろう。
「ナイスショット!」
 健が叫ぶと、女傑はポーズを決め、皆の顔がほころぶ。

「ぬるぬるした足の感覚と苗の匂いって、病みつきになりそう」
 面白がる医学生たちを見ながら、健は思っていた。地方の病院では、研修の質だけを売りにしても、マッチングでは勝てない。彼らは、基本、まじめだ。医者となって社会の役に立ちたいと思っている。しかし、健や大輔の世代と違う雰囲気を醸し出しているのも事実だ。
 ワークライフバランスという言葉が最近流行っている。医師も看護師も働き過ぎて疲弊し、燃え尽きることはないようにしなければならない、という考え方が急速に広まっている。燃え尽きて真っ白な灰になる『明日のジョー』みたいな生き方は時代遅れ。朝から晩まで24時間戦う研修医、昭和的研修の「忍耐と根性」は死語となった。
「まあ、時代の流れだからなあ」
 小佐々ら管理者は、職員が体調不良やうつ病にならないよう、びくびくしながら「早く帰ってくれ」と言うが、地方の管理職クラスの医者たちは仕事から逃げられない。バタバタと倒れてゆくか、静かに去ってゆく。健や大輔ら中堅世代も年がら年中呼び出しがかかり、バランスを取る環境はないし、すべもしらない。
 一方、山田や住田らは最初からバランスが取れていて、そういった生き方が身についているように思える。彼らの生き方の方が自分たちより豊かなのかもしれない。そう思いながら、健は眺めていた。棚田の水がきらきらと光り、植えたばかりの苗のほのかな緑が風に揺らいでいる。