西果中央病院マッチング、ミッションの重要性と緊急性 *画像クリックで拡大します。

 やはり、緊急性も重要性も高いものは右上の2つだな。これからやろう。しかし、どうすればいいんだ?
 健は眉間に皺を寄せるが、さくらは健の横で、構わずスマホをいじっている。スミちゃんの声がする。
「ふたりとも暇そうやね〜。暇なら、あたしの棚田の田植えを手伝わんね!」
 神ノ島の棚田米は、長崎ではちょっとしたブランドになっている。
 400年前にキリシタンたちが山の斜面を削ってつくったと言われている。扇状に広がる美しい棚田。そこに、市が導入した「棚田オーナー制度」の一環で、梅雨の前には田植えイベントが開かれる。最近は、B級グルメ大会、フォトコンテスト、街コンなどもぶっ込んで『西果の棚田祭り』と銘打ち、市の観光協会がかなり力を入れている。
 売店の名物、爆弾おにぎりは、棚田米だ。さくらが、おにぎりを頬張りながら、スマホの画面を見せる。

>田植え、やってみたいです! 僕、行きたいです!!
>マジ? 面白そう〜

 山田と友恵からのLINE。俺は外されている……。山田以下の扱い? がっくり来た健を意に介する事なく、さくらのやる気に、がぜん火が付いたようだ。
 健が描いていた図の上に、『田植えでマッチ』と、赤ペンで勢いよく書き入れる。
「医学生集めの田植え、やりましょうよ! 田植え体験&マッチング面接試験!」
 確かに、西海医大第一内科の研修医リクルートを担当する副医局長の山口大輔が言うように、6月、7月に何もしないと、他の病院に医学生は流れてゆく。とりあえず何かイベントを開催するのは正解だろう。健はそう思い、
「よっしゃ、そのアイデア、いただき!」
 残りのおにぎりを飲み込みながら医局へ走った。医学生にメールを打とう。旅費を出してくれるよう、片山に交渉しよう。マッチング・ナビ社の林田課長にも相談してみるか。意外とやれることは多いじゃないか。健のやる気にも火がついてきた。

 簡単な企画書を作り、学生にメールを打つと、西海医大のカヤック住田と東京帝大の徳永からすぐに反応があり、「ぜひ参加したい」と、返ってきた。その吉報を抱えて、医局の隣の病院長室に意気揚々と健が入っていくと、小佐々と片山は頭を抱えていた。
「どうしました?」
「いよいよ、市長サイドの嫌がらせが始まりましたよ」
 珍しく怒りを露わにした片山が、机の上の資料を叩いた。
「市の財務に内諾をとっていた広報費用の300万円を出さないって」
「マッチング・ナビ社に払うやつ?」
「そうです。年度予算に計上してないからって。そんなことわかってたから、市長裁量経費から補正予算に組み替える形をとると、健康福祉部を通して財務部と合意していたのに。まんまと、梯子を外されました」
 何億という金を動かす片山が、たかが300万でこんなに怒っている意味が、健にはよくわからなかった。片山は「金の問題じゃない」と声を大きくする。
「信頼の問題ですよ。今まで、市の財務と病院の事務は一枚岩で難局を乗り越えてきたのに。ショックですよ。これは、病院を見捨てるというメッセージですよ」
「メッセージというか、警告だろうな」
 小佐々は、右手で左胸の辺りを押さえながら、小さな声でつぶやく。彼の顔色は最近ずっと曇っている。
 『田植えでマッチ! 西果中央病院見学&採用試験』の企画書を握り、健が切り出す。
「じゃあ、俺が財務に乗り込んで、話をつけてきましょうか」
 小佐々と片山はしばらく目を合わせた後に、噴き出した。そこに、副院長の緒方と看護部長の太田が入って来た。話を聞いて、ふたりも一緒に笑いだした。
「健ちゃんが乗り込む? 福祉部じゃなくて、海千山千の本丸の財務部に? そいは、面白かばい」
 緒方が手を叩く。太田は大きな体を揺らす。
「まあ、相手にされないでしょうけどね」
「しかし、病院幹部が乗り込んで、正面衝突をするのは、今はまずい」

 『7・23シンポジウム:西果の医療を考える市民の集い』のポスターを小佐々が指すと、太田も片山もうなずく。シンポジウムの前に、こっちが臨戦態勢を示したら、向こうも本気で準備してくるだろう。ここはのらりくらりと対応し、300万円はこっちで何とか工面する方が無難だろう。病院で工面できるかどうかはわからないが……。
 しかし、副院長の緒方の意見は違った。
「黙ってたら、なめられるさ。シンポジウムの時まで金の流れを止めて、どんどん追い詰めてくる。兵糧攻めで戦意喪失させる戦法をとってくるよ」
「だから、俺が単独で乗り込みますよ。独断ということにして」
 緒方は黙ってうなずいた。
「片山さん、今から行こう!」。
 健は白衣の袖をまくって飛び出した。

(イラスト:北神 諒)

 ママチャリで、健が爆走する。さくらから借りたチャリ。必死でこぐ。左手の防波堤とテトラポッドから釣り人が竿をふる。
「お〜い、健ちゃんか〜。どこに行きよると〜」
「市役所!」
「きばって〜」
 市役所は、病院から車なら5分の国道沿いにある。農協と郵便局とスーパーの近くにある古びた2階建て。
「なんで、わざわざ、自転車なんかで」
 車で到着した片山が、入り口で呆れて待っていた。乗り込む前に、小佐々からの伝言を、小佐々の真似で伝える。
「健ちゃん、約束だぞ。決して怒らない。決して『ヤグラシカー』と、叫ばない」