ひとり東京から帰る飛行機の中、矢倉健はこの数カ月の出来事を振り返っていた。35歳の健にとって、これまでの人生で最も印象的な出来事もあり、それはもう既に物語となっていた。

 舞台は日本の西の果て。大学医局の派遣撤退のあおりを受け、医師不足で潰れそうな西果(さいか)中央病院。フリータードクターの俺は3月、この病院で看護師の紺野さくら(29歳)と10年ぶりに再会。同じ西海医科大学でラグビー部だったふたり。彼女には美しさに強さが加わっていた。それもそのはず。シングルマザーになっていたことには驚いた。
 院長・小佐々の命で、ふたりは初期研修医のリクルート担当となる。就職説明会の博多国際会議場で、さくら発案の潜入作戦を決行。研修医・渡辺友恵と東京の医学部6年の山田拓也をゲットし、西果で1カ月の地域研修を開始。彼らは病院に希望の灯火をつけてくれた。
 さらに西海医科大学の前でビラ配り。さくらとの雨中のドライブでは「ホテルに入るか」と切り出したものの……。5月のカヤック合コン&病院見学会はまた雨。困ったちゃんに振り回されたが、西海医大6年のカヤック部・住田修平と横浜の松尾尚子が西果中央病院に興味を示してくれた。
 さくらが玄海総合病院のカリスマ指導医・郷田と昔付き合っていたという話にも驚いた。博多の指導医講習会の後、郷田へ啖呵を切り、夕日の神ノ島の砂浜で、さくらへのプロポーズ。見事に失敗したが、俺はまだあきらめていない。
 仕事も恋もあきらめない。あきらめたら、この病院は終わりだ。九州医療審査局の査察(マッチングマルサ)も何とか切り抜けた。リクルート業者のメディカルマッチングナビ社に300万円を支払っての、研修医採用面接 in 東京が昨日のこと。4人しか集まらず、散々だったが、帝大生の徳永弘樹は一度見学に来てくれる。
 お茶の水で訪れた友恵の母親の店。俺は16年前に会っていた。19才の予備校生の時に通っていたカレー屋兼カフェのママ、渡辺洋子。西果出身の洋子は、30年前の長崎大水害の時、水没した西果町立病院で准看護婦として、近藤和仁外科教授(当時)と共に、先頭に立って奮闘した。この水害の夜に切迫早産で運ばれた紺野多恵から生まれたのが、さくら。そして、洋子と近藤が結ばれて、友恵が生まれた。
 この病院を中心につながっている人々がいる。過去も現在も。そして、未来があるのなら、この病院は存続しなければならない。存続のためには、医者を集めるしかない。マッチングで研修医を集めるしかない。
 俺の未来は、いつの間にか、この病院と共にある。さくらの未来もそうだ。さくらの未来に、俺が必要なのは間違いない…はずだ。
 明日から6月。10月末のマッチングへ向けて、活動再開だ!

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 意気揚々と西果へ戻ってきた健だったが……。
 友恵は玄海総合病院へ、山田も東京の大学へ戻り、西果中央病院は閑散としていた。田植えが始まると、患者数もぐっと減る。
 健の気持ちも自然と萎えた。そんな健を、
「ふぬけ。抜け殻」と、売店のスミちゃんが、酷評する。
「友恵先生と山田君がいないと、ちっとも面白くない」と、病棟スタッフはぼやく。
「今日は、健先生だけか…。若っか衆は?」と、外来の患者は落胆する。
「何? えっ、デート? ドライブ? あたし、勉強で忙しいし、そのうちね。あーっ、これ、これ。山田君って、すごいわ〜。こんなん、つくって」
 さくらに至っては、スマホから視線を外さず、健の誘いを歯牙にもかけない。スマホには、さくらをアニメキャラにしたゲームがピコピコ動いている。傍らのバッグからは、『ケアマネージャー試験問題集』がはみ出ている。
 友恵と山田がいなくなって沈んだ雰囲気は、「研修医が欲しい」と、皆が期待し始めたことの裏返しだ。そうなると、「教育センター長」でありマッチング責任者の健へのプレッシャーが大きくなる。
「マッチングの結果はいつ? 10月か。大丈夫だよな」
 医局の面々も日々圧力をかけてくる。

マッチング必勝のための3つの視点
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 健は売店のレジ裏の小部屋に隠れ、爆弾おにぎりを持ってため息を吐いていた。
 さて、どうするか。マッチングで勝つためには? 現状の分析は?
 おにぎりを包んだ広告紙の裏に、三角の図形を書き始める。指導医講習会で学んだ分析法だ。3つの視点で考えてみる。
 図を描きながら頭の中を整理していった。ヒト、モノ、カネ……。何から手をつける? 次に縦線と横線を引く。
 二次元展開法。重要度と緊急度の高いものを見極める方法だ。