映画のような話だ。健はさっきからそう感じていた。細身ですらりとした洋子の容姿は都会人のそれで、銀座を歩いたら似合いそうだ。コックの白い帽子をはずし、後ろで結んだ髪留めを外すと、大きな瞳と細い白い指が何か独特の雰囲気を醸し出す。白衣のボタンをひとつ、ふたつ外して、髪をかき上げながら話す。彼女が標準語で語ればシリアスな映画のようになるのだろうが、西果の方言だとなぜか、明るく楽しいコメディーで、最後にほろっとさせる。健は、友恵に悟られないに、おしぼりで顔をふいた。
「変な親子やろう、いまさら、こげん話ば。でも、うちらも初めて話すとよ」
 洋子は、健のグラスにビールを注ぐ。
「それから、どうなったんですか」
 健は先を促した。
「24歳の時、そういえば、ちょうど今の友恵と同じ年たいね」
 母は娘を見た。
「そん時に、いろいろあったとさ」
「好きな人と出会ったのね?」
 あえて「お父さん」という言葉を使わずに、娘が思い切って切り出す。健にはそう映った。母は娘のトーンに反応することなく、軽快な方言で返した。
「そうさねー、生まれて初めて、好いた人に会ったとさ。あははー」
「先生?」
「そう、先生」
 先生って、誰だ? 健はおしぼりで、テーブルを軽くたたく。
「その日は7月23日。金曜日だった。長崎の人なら誰でも、知っている日たい。その日に先生と出会った。一生忘れられない日」
 「その日」とは何を指すのか。友恵にも健にもよくわからなかった。

  ※  ※  ※

 三十数年前、長崎県西果町。その年の梅雨は長く、やっと明けた。しかし、7月23日は、夕方から梅雨に逆戻りしたような雨が降り出していた。西果町立病院の手術部主任看護婦の太田幹子は、雑用係も兼ねる准看護婦の渡辺洋子を連れ、雑巾とバケツを持って男性ロッカー室へ向かっていた。
「また、雨漏り。このオンボロ病院、ろくに修理もしない。なんでも看護婦にやらせて」
 看護師が看護婦と呼ばれていた時代でもあり、准看護婦の24歳の洋子は、家政婦のような仕事ばかりであった。でも、太田とする仕事は楽しかった。太田は洋子を可愛がり、正看護婦になるための試験に向けて勉強を教えてくれていた。彼女は雑巾を絞りながら洋子に言った。
「今日は、大学から近藤教授が研修医を連れて来てるからね、手術終わるの、早かよ」
 いつもは「下手くそ!」「遅い!」と、医者の手術に難癖をつける太田が珍しく褒める。
 近藤和仁。東京帝大から着任した、西海医大外科の新任教授である。40歳そこそこの新進気鋭。前評判の高かった西果医大出身の助教授に教授選挙で勝った理由のひとつは、その圧倒的な業績と技術の他に、近藤の妻が長崎選出の国会議員(厚生族のドンといわれていた)の娘だったからと噂されていたが、その真偽はわからない。

 西果町立病院は当時、大学から月に1、2度来る医者に手術をしてもらっていた。地域の病院としては、大学とのつながりも持てるし、大学の先生が手術をしてくれるということで患者も集まり、経営的には何かと都合がいい。大学医局としても、西果町立病院に派遣している若手外科医を大学教官が指導する機会としているし、安月給の大学教官のアルバイト先としても活用している。
 特に金曜日は午後や夕方から、大学の教官や研修医が西果に来ることが多かった。西果で診療や手術を行って、教官はその夜に帰り、研修医は残って土日の当直をこなし月曜の朝に帰ってゆく。西果町立病院の医師たちは、土日を大学の研修医に任せて、家族の待つ長崎市の家に帰ったり、学会へ出る。
 この7月23日もそんな金曜日。外の雨脚がさらに強くなり、風の音が低く鳴ってプレハブで増設した更衣室が揺れている。
「なんか怖いですね」
 洋子が雑巾を絞っていると、男が勢いよく入って来た。その男は紙のマスクと帽子を捨てて、青い術衣を脱ぎ、かごの中にポンと投げ込んで、裸となった。眉が太く、耳は大きい精悍な顔つきで、黒く筋骨隆々とした引き締まった上半身をこちらに向ける。
 洋子はハッと息をのんだ。子供の頃に神ノ島でよく見かけた鉱夫の体つきのようだった。かすかに父の記憶がよみがえる。
「すいません、教授。また、雨漏りして、すぐに出ます」
 主任の太田が洋子に目配せをする。若い洋子がバケツを持って、恥かしそうに前を通り抜けようとすると、床で滑り、入り口の階段から落ちそうになった。
「気をつけて。しっかりしろ」
 たくましい腕に支えられる。40歳の近藤和仁と24歳の渡辺洋子の出会いだった。

※「フルマッチ」は毎週月曜に掲載します。