「4人も来るなんてすごい」
 しかし友恵は、4人しか来なかった病院見学会のときと同じ反応を見せる。山田も「4人もですか!」と驚いていた。
 MMN社から提案されたこの企画は、ネット掲載料、ポスターやPRビデオ制作費用、メールで学生を集める仲介料、今日のホテル使用料などで、550万円。その言い値を小佐々が交渉して300万円を切るところまで下げた。市長裁量費用を使い、西果市の財務から数カ月後に出してもらうことになっている。
「普通の医者なら1年で1億から数億円の診療報酬を病院にもたらします。研修医でも数千万円といわれています。だから、医者ひとりのリクルート費用で100万、200万なんて安いもんですよ。実際、年に1億をかける病院や数億円かける自治体もありますからね」
 MMN社の担当者は得意気に話すが、健はそんな話を聞くたびに「馬鹿げている」と血が上ってしまう。結局、医学生が研修病院を自由に選べるマッチング制度が始まって一番得をしたのがリクルート会社。一番損をしたのが公立病院にお金をつぎ込んでいる地方自治体、税金を払う住民であろう。医師不足の病院や自治体同士で、医者や看護師の獲得競争がますます過激になってきている。いったい、マッチングとは何のための制度なのか。しかし、嘆いていても始まらない。
「ひとり70万円の面接だ。気合を入れよう」
 小佐々が力強く言う。

 個別面談が始まった。もっとも、面談と言うより、単なる個別勧誘だが。
 病院長の立場から、指導医の立場から、研修医の立場から「マッチングで指名してください」とアピールする。本来は玄海総合病院の研修医である友恵が西果中央病院の勧誘をするのもおかしな話であるが、小佐々が郷田から許可を得た。学生である山田の立場は微妙だったが、広報担当協力者として、MMN社のアルバイトという身分で参加してもらうことにした。
 最初の学生は、東京帝大の6年生。なぜ、天下の東京帝大生が? 
 面談は小佐々主導で進められる。
「失礼ですけど、おいくつ?」
「37歳で、妻と子どもがふたりいます」
彼の名前は徳永弘樹。元々は帝大法学部に現役で入り、その後農水省のキャリアになったらしい。九州に縁はないという。
「では、なぜ西果に興味を?」
「西果はある意味、日本の典型だからです」
 健には肩が凝る話だったが、小佐々と徳永は熱く語り合う。地方と都市、高齢化と少子化、医療とお金、そして日本のあり方……。日曜朝のテレビの討論会のようなふたりの議論を健はぼんやり聞いていたが、徳永の一言だけは印象に残った。
「医療と農業は似ています。どちらも国の根幹です。僕は農業行政で自分は何もできないことを悟り、絶望して辞めました。もう少し頑張れたかもしれないという、情けない気持ちもあります。今度は医者として、医療の中の一個人として、滅びゆく地方、これは最先端の日本とも言えるのですが、その中でやれることをやりたいんです」

 やる気のある医学生。面接としては、幸先のいいスタートだった。しかし、その後が悲惨。金をドブに捨てるとはこういうことかと思うほどだった。
 2人目の女子学生は「なぜ、田舎で研修することがいいのか」と、しつこいほど聞いてきた。九州出身の彼女は、地元に帰りたくないゆえに、九州のダメな病院を探しに来ているようだった。
「フツーですよ。聞きに来るだけいいじゃないですか」
 友恵は笑っている。
 3人目の男子学生は、ほとんど質問もせずに帰っていった。
「いや、別に、フツーです。ブログ見てくれていると言ってましたし」
 山田は満足している。
 そして、最後の学生が強烈だった。
「研修医が来ないのは、単に魅力がないからじゃないですか。努力不足でしょう。それを都会のせいにしたり、制度のせいにしたりするのは、卑怯だと思います」
 言うだけ言うと、ハイヒールをコツコツ鳴らして出て行った。
「ごもっとも」
 小佐々と健は、この日3つ目となる大きなため息をついた。
 およそ300万円をかけた面接はこうして終了。すっかり意気消沈した小佐々と健に、友恵は朗らかに語りかける。
「元気出してください。母の店で、おいしいカレーでも食べますか?」

※「フルマッチ」は毎週月曜に掲載します。