【第2章までのあらすじ】日本の最西端・西果(さいか)市の西果中央病院は医師不足で崩壊寸前。状況改善のために初期研修医の確保を命じられた内科医矢倉健(ヘタレ)は、美人で勝ち気な看護師・紺野さくら、地域研修で赴任した初期研修医・渡部友恵、オタク医学生・山田拓也のアシストを得て、西果中央病院の大PR作戦を始めることになる。
※第3章第5話まではバックナンバーからご覧ください。

 九州医療審査局の審査官の一行、いわゆるマッチング業界のマルサは朝8時半ちょうど、タクシーで正面玄関に乗り付けた。前のドアから男、後ろから女、男の順で3人が降りて来ると、出迎える院長の小佐々と太田看護部長、片山事務部長が深々と頭を下げる。
 今日、西果(さいか)中央病院の命運が決まる。審査官たちは軽く会釈をして会議室に向かい、書類審査の準備を始める。指定された書類を片山が提出すると、病院側のメンバーは外で待機だ。1時間ちょっとの書類チェックの後、小佐々と太田と片山、研修管理委員長である遠山外科部長が呼び出されて尋問された。後から聞いた話だが、ほとんどがシナリオ通りの想定質問だったそうだ。
「なぜ、ここ数年のマッチング実績がゼロなのか。その改善策は?」
「なぜ、入院患者数が落ち込んでいるのか。改善の見込みは?」
「指導体制は?」
「研修医の評価や指導医の評価はできるのか?」
 その後、昼食を挟んで施設見学。最後に意見交換、総評と進む。しかし、全てがシナリオ通りとは行かない。

 1つ目は、審査官たちが弁当を持参したこと。用意した弁当とお茶、神ノ島シュークリームに最後まで手を出さなかった。
「お役人は、甘い物はダメみたいね」
 重量級看護部長の太田はマルサが帰った後、幸いとばかりに残ったシュークリームを大きな口に入れていた。
 2つ目は、予想外のスタッフへの質問。
 施設見学ではこれみよがしに、健と内科の医師たちが症例検討会を行い、友恵と山田に教育している場面を見せた。しかし、審査官たちはそんなことに興味は示さず、友恵と山田を呼び出し、1時間にもわたって個別に話を聞き始めたのだ。「ふたりに仕込みをしておけば良かった」と遠山は後悔していたが、当の友恵は笑っていた。
「たいしたことは聞かれませんでした。どんな患者を担当しているか、回診はあるか、勉強会はあるかとか。あと、宿舎があるかも。適当に答えましたから、大丈夫ですよ」
「適当に、ね」
遠山はひきつった笑いを浮かべていた。

(イラスト:北神 諒)

 そして3つ目。最後の意見交換の時に事件は起きた。現場の指導医の意見を聞きたいということで健も同席させられ、審査官と小佐々らのやりとりを聞いていた。審査官のリーダーは健よりもずっと若く、言葉は非常に丁寧だが、完全に小佐々を見下していた。
 慇懃無礼。
 遠山が言うには、中央の官僚は若い時、地方勤務で経験を積むらしい。若造は官僚らしく、抜け目のない鋭い質問を投げて来て、小佐々の額には汗が噴き出ている。見ているうちにだんだん腹が立ってきて、健はついに噴いてしまった。
「あなた、何をしにここに来たとですか。こっちは、地域の医療を守ろうと、田舎で一生懸命やりよります。田舎の研修病院を潰したら、地域を守る医者の育つ場所がなくなるでしょう!」
 胸がどんどん熱くなり、言葉が勝手に出てくる。
「都会の大病院だけで研修医を育てたいんですか? 日本の半分の人は田舎に住んどるんですよ。そこの人たちの暮らしや気持ちがわかる医者を育てんと、いかんでしょう! それが国の責任やろう!」
 回りはじめた口は止まらない。
「どれだけ皆が必死かわかる? 人が自然にわんさか集まって来る都会の病院の何倍も何十倍も、我々は努力しよるとよ! あんたが指定を取り消したら、この病院は潰れる。あんた、それだけの覚悟はあるとか!!」
 健の怒号に、若造の顔が引きつりだした。この時点で、重量級看護部長の太田と軽量級外科部長の遠山が両脇を抱えて、健を引きずり出した。会議室には小佐々だけを残し、病院スタッフは皆、外へ出てゆく。