数日が過ぎたある日、緊急会議が招集された。
「まずいことになった、マルサが来る」
 小佐々が冒頭に重々しく告げる。
「最悪の場合、潰される」
 緊張した声が小会議室に響く。小佐々、遠山外科部長と太田看護部長と片山事務部長、そして、さくらと健。2日後、厚生労働省の出先機関である九州医療審査局の審査官が査察にやってくる。突然の連絡で訪れるマッチング業界のマルサだ。
「審査がダメなら、西果中央の研修病院指定が取り消される」
 小佐々や遠山は動揺していたが、事務方の片山らは冷静だった。
「まずは確認のため、状況説明をいたします」
 片山が用意した資料と説明によると、初期研修医を受け入れる病院は、いくつかに分類されている。研修医を2年間、職員として採用し教育する病院を基幹型という。地域研修などで1カ月から2カ月の短期で受け入れる病院を協力型という。基幹型はいわゆる世間一般で言われる研修病院で、それなりのステータスがある。西果中央は現在、基幹型とともに、玄海総合病院に協力する協力型の指定を得ている。
 「基幹型の病院は全国で1000を超えますが、どんな病院でもなれるというわけではありません。国が指定するため、指定基準を設けています」
 例えば
・教育プログラムがきちんとしている(教える体制やカリキュラムがある)
・指導医の数が足りている(研修医5人に対して指導医がほぼ1人以上)
・必要な診療科がある(原則として、救急、内科、外科、小児科、産婦人科、精神科など)
・救急医療を行っている(一定数の患者を確保している)
・病理解剖を行っている(臨床病理検討会を行っている)
など。他にも条件は沢山ある。

「そして、最もハードルが高いのが、年間の入院患者数が3000人以上。これが最近追加された規定です。うちみたいな中規模病院にとっては、とても厳しい」
 国は最近、規定を厳しくして研修病院を絞ろうとしている。ピーク時に1091だった基幹型病院は今、1000を切りそうな感じだ。多くの病院が基幹型を剥奪された。遠山がいつものボヤキ節を見せる。
「御取潰し。規定をクリアできない病院はマッチング市場から撤退を宣告されるわけだ」
 西果中央病院の入院患者は年々減少し、昨年はとうとう3000人を切り、2910人だった。
「90人不足ね。私の同級生たちに入院してもらうよう頼めばよかったわ」
 太田看護部長がつぶやくが、誰も笑わない。健が重い空気に耐えきれず、つい軽口をたたく。
「サクラ入院させましょう。同級生より職員の方が早いでしょう。第1号は、さくら主任とか」
 さくらの目が丸くなり、口がへの字になった。いかん。さらに重くなった。

 片山が、医療審査局の通達文章を読み上げた。
「年間入院患者数3000人未満の病院については、個別に訪問調査を行い、適切な指導・管理体制があり、研修医が基本的な診療能力を修得することができると認められる場合は、指定継続とする」
 小佐々は通達文章を受け取り、もう一度、隅々まで読んでいる。健は小佐々の顔をのぞき込むように、明るく声をかけた。
「院長、大丈夫。誠意を持って対応すれば道は開けますよ、がんばりましょう」
「ああ、そう信じたい」
 御取潰しになれば、西果は完全に終わる。
 研修病院が取り消されたら、自力で若手医師を集める道が閉ざされるだけではない。大学の教育関連病院からも外れることになるので、医局からの医師派遣は中止され、そのまま衰弱死を待つだけとなろう。
 さくらと行った説明会や雨の中のビラ配り、バスツアーはすべて無駄になる。市長裁量経費を当て込んでMMN社に支払うことになった契約金も、完全な無駄金となる。
 これがどのような意味を持つ審査か。そんなことは全員が分かっていた。健は立ち上がって、声を出す。
「やぐらしかけど、しっかり準備ば、しましょう」

※「フルマッチ」は毎週月曜に掲載します。