「どうするの? このリストを」
「手前どもがメールマガジンを毎週、この医学生様たちに送らせて頂いております。そこには、マッチングのための病院情報とか面接対策、国試の情報など、ありとあらゆる情報を掲載しております。その情報が結構有益ということで、会員様も増えております」
「それで、そのメーリングリストにうちの病院の情報をのっけてくれるわけ。それで、いくらなの」
 小佐々はイラついていた。病院長としては、どれくらいの宣伝費を使うかを決めるだけだ。林田もそれは分かっている。
「もう少し、お話を聞いてください。あと3分ほど」
 応募者を増やすためには、メールを何本か流してもさほど効果はないだろう。マッチングを本当に成功したいなら、複合的なアプローチをした方がいい。専門の広告プランナーを入れて病院のカラーを打ち出し、売り出し方を考える。例えば、熱血指導医のキャラを作ってドラマ仕立てで動画配信をする。優しい看護師、理解のある病院長の登場。さらに、医学生との対談、東京や大阪での個別説明会も開催する。次に……
「わかった、それで結局いくらなの?」
 また話を遮られた林田は嫌な顔ひとつせず、むしろにこやかに告げる。
「1000万円です」

 小佐々は椅子に深々と座り、黙って天を仰ぐ。横でやりとりを聞いていた健は、あんぐりと口を開けている。あまりにも高すぎるだろう。しかし、待てよ、向こうもこんなボロ病院がお金を持っていると思っちゃいないだろう。業界1位を狙うための話題づくり、チャレンジ企画だろう。これはチャンス、利用してやれ。
「やりましょう」
 健は林田に手を差し出す。そして、右手と右手が握られた瞬間、健は握力を強めた。
「0円で」
 今度は林田の口が開く。小佐々は健の肩をたたき、「あとは任せろ」と目配せして、シャツの袖をまくった。さすがは元経営コンサルタント。交渉では引けをとらない。そのまま持論を展開する。
 この西の果てのオンボロ病院に研修医が集まることは、ある意味、奇跡に近い。自分は西果市の全面バックアップを取り付ける。マッチング・ナビ社と西果市と西果中央病院が協力して成功すれば、そのビジネスモデルを県内に展開することができる。県内の行政と大学と17の教育病院をまとめ、マッチング・ナビ社と独占契約させれば、億単位のビジネスとなる可能性がある。県で成功すれば、さらに全国展開だ。その先行投資とする気はないか。
 林田は腕組みをしてしばらく考え、口を開く。
「とりあえず、本社に持ち帰らせてください。0円は無理かもしれませんが、前向きに検討させてください」
「面白い企画になると思うよ。よろしく」

(イラスト:北神 諒)

 小佐々は早速、片山事務部長と総務課の若い連中を呼んで交渉に参加させた。
「後は、事務方同士、話を詰めてくれないか。俺は、あとで市長に電話するわ。年度途中で予算は組めないから、病院長裁量経費か、市長裁量経費か……」
 健と小佐々のPHSが同時になり、ふたりは白衣を羽織りながら部屋から出た。小さな病院では院長も一兵卒である。外来もこなすし当直もこなす。歩きながら小佐々は言った。
「よくやった。金はなんとかするから、動いてくれ。5月も終わりだ。時間はない。」
「わかりました」
「話は変わるが、山田君は、友恵ちゃんのことが好きなのか?」
「どうしてですか」
「ブログの写真、友恵ちゃんのが、一番綺麗に撮れてる」
「そういえば、こないだの日曜日、ふたりでカヤックに乗ってましたね」
「まあ、下世話な話さ、東京出身のふたりがさ、西果で恋に落ちてさ。ふたりでここに来てくれたら、最高なんだけどね。くっついてくれないかなあ〜」
 小佐々は口元をゆるめ、小走りで外来に向かって行った。
 まあ、あり得ない話でもないか。健もほくそ笑みながら、小佐々の後を追った。