トミさんの葬儀に、健は友恵と山田を連れていった。友恵の喪服はさくらが手配し、山田には健のスーツを着せた。
 神ノ島の教会。入り口では、さくらが受付をしていた。記帳していると、さくらが奥の遺影を指差す。
「山田君の撮った写真、素敵ね」
 山田の顔が赤くなったが、髪はかきあげなかった。
 小さな教会の後ろの方に座り、神父様のお説教を聞いて、皆で讃美歌を歌い(もちろん、3人は歌えない)、献花をする。教会での葬儀は3人とも初めての経験で戸惑ったが、神ノ島の人々の死に対する感覚や悲しみ方が少し理解できたような気になった。
「死は、復活の希望を持つことなんですかね」
 帰り道の山田のつぶやきに、健も友恵も黙っていた。教会から細い路地を抜け、防波堤沿いを歩いて病院へ戻り白衣に着替えた。
 
 着替えた途端、健のPHSが鳴った。小佐々からだ。
「すまんが、来てくれないか」
 院長室には、スーツ姿の男3人が待っていて、健に名刺を差し出す。
『メディカル・マッチング・ナビ(MMN) 九州支社営業課 課長 林田義則』
と部下2人だった。健も最近作ったばかりの自分の名刺を渡す。
『日本最西端から日本一の教育病院へ 西果中央病院 教育センター長(総合医) 矢倉健』
 数週間前に任命された「教育センター長」。スタッフが少ないので、西果中央の医者にはすべて、**部長とか、**医長とか、**センター長という肩書きがつく。健の場合も、総合内科医長、外来医長、ボランティア委員会委員長、レクリエーション委員会委員長……。名ばかりでないのは、レク委員長だけである。

  ※  ※  ※

「だめよ、健ちゃん!教育センター長は重要な任務。本気でやらなきゃ」
 この前の救急セミナーの休憩時間。名ばかり長に就任したと自嘲すると、女傑から活を入れられた。研修医の健が救急室で初めて気管挿管をしたとき、「だめだよ、健ちゃん! びびっちゃ」と、気合を注入されたことを思い出した。
「教育は、男子一生をかけてやる価値のある仕事よ。あなたは、知識や技術を、私や先輩から教わり一人前になったでしょう。今度は伝えるのよ、それを。教えることで、あなた自身の知識や技術は磨かれるはず。人を育てることで、あなたは育てられるはず。あなたはまだまだ、人として成長しなければならないのよ」
 女傑はまくしたてて、小会議室のホワイトボードにマジックペンが折れそうなくらいの勢いで書きつける。
Teaching is Learning.
 そして、健にペンを向け、
「人は、医者は、一生学び続けなければならない。それが、プロ。プロは、最終的に人に伝えることができる人。わかる? 健ちゃん。『教うるは、学ぶの半ばなり』って、キンパチが言ってたでしょ? 覚えてるわよね!」
 とりあえず、うなずくしかなかった。キンパチって、3年B組のですか?と聞き返せる雰囲気ではなかった。
 「最初にやるべきことは…」
 女傑は腕を組んで、西果中央病院教育センターのスローガンを考え始めた。しばらくボードの前を歩き回ると、ゴルフの素振りを3回。ニコリと笑った。
「『狙え!マッチング界のホールインワン』西果中央病院 どう?」
「いや、ちょっと、意味が……」
 やばい、やばい。このままでは変なスローガンを押し付けられる。健も考える。
「『アットホームな研修病院』とか、どうでしょう?」
「ダメ、ダメ。そんな、ヘタレなスローガン。どうせやるなら、日本一を目指す気概でやるのよ!」
 さすがは抵抗勢力をなぎ倒し、医大に救命センターを立ち上げた伝説の救急医。スケールがでかすぎる。
「『目指せ、グランドスラム!』 さすがにちょっと欲張りかなあ。マスターズだけにしとく?」
「いや、それも……」
 この人の頭には、仕事とゴルフしかない。
「長谷先生、わかりました、わかりました。俺はやります。日本一目指します!」

  ※  ※  ※

『日本最西端から日本一の教育病院へ
 西果中央病院 教育センター長(総合医) 矢倉健』
 健は名刺を差し出した。
「矢倉先生、すごいです。気合満々ですね」
「まだ研修医ゼロですから、最下位のサイカなんですけど、ハハハー」
 マッチング・ナビ社の林田課長は、部下と目を合わせて怪しい愛想笑いを浮かべる。
 ハハハー。こいつら、いったい何しに来たんだ?

※ 「フルマッチ」は毎週月曜に掲載します。