紺野さくらのそれからの5年間は、彼女によると「それなりに大変」だった。寝たきりになった父親は、胃に穴を開けてチューブを入れて栄養をとり、首に穴を開けて呼吸を保つような状態になり、何度も病院や施設を変わった。
「3カ月くらいたつと、追いだされるから。おかげで県内のいろんな病院を回ったわよ」
 母親は落ち込み、とうとう精神病院へ入院し、認知症も発症した。
「結局、父と母を自分で見たくて、つくっちゃったの、グループホームを、自分で。名前はさくら丸。父の船の名前だけど、その船も売って開業資金にしたの。スポーツ店も譲ったわ。父から引き継いだのはラグビースクールくらいね」

 彼女は、廃校となった神ノ島小学校を借りて改装し、認知症の老人や独居老人の面倒を見るグループホームとデイサービスを始めた。子供を育てながら、20代で。
「すごいな。さくらちゃん」
「そうでもないよ。だって、神ノ島にひとり暮らしのボケたおじいさんおばあさんは結構な数いて、働きたいおばちゃんたちもそれなりにいたから。利用者も従業員もすぐに集まったわ。廃校になった学校も、市がただ同然で貸してくれたし」
 新しいさくら丸の船出は順調。さくらは島の人々から感謝され、自分自身も充実感を覚えていた。ラグビースクールを通して地域の子供や保護者ともつながりが出来た。しかし、どこからも利益はほとんど出ない。介護ビジネスは大規模に利用者を集めないと儲けがでないシステムになっている。おばちゃんたちの給与と開業の借金を払ってしまうと、手元にはほとんど残らない。
「サユリが学校に行き出すと、お金がかかるから。さくら丸は安定したし、人に任せて」
 現金収入を得るため、5年ぶりに看護師として西果中央病院に勤めることになった。
 おそらく他の目的も何かあるのだろうと、健は感じていた。

 ここまで話すと、郷田は真剣に聞いてきた。
「そこまで、お金に困っているんですか?」
「詳しくは知らない。さくらちゃんとは付き合いなかったの、その後? 別れてから」
「ないですね。会ってくれなかった」
 それもなんとなく不自然に健は思えた。会おうと思えばいつでも会えただろうに。
「3月の説明会でうちのブースに彼女が来た時は、かなりびっくりしましたね」
「その後、電車の中で話したんじゃ?」
「僕が結婚したことを報告したら、おめでとうと言ってくれました。そして、自分は西果でこれからも暮すから心配するなと。養育費も申し出たんですが、断られました」
 2日間の講習会の疲れか、酔いが回るのが早い。段々と怒りが大きくなる。郷田は常に自分を正当化する。まずは彼女が頑張って来た道のりに称賛と敬意を払うべきだろう。郷田がまた、言い訳がましいことを話しだしたので、つい言ってしまった。
「あんたの言うことは正しいさ。しかし、あんたは自分のことしか考えてない。あの島で島の人のために頑張っているさくらの生き方は、あんたの何十倍も素晴らしい」
 悪い癖だ。口が勝手に回りだす。
「あんたは、ただの目立ちたがり屋のさみしがり屋だ! 小学生と変わらない」
 もういいや。言ってしまえ。
「カリスマ、カリスマともてはやされて、いい気になって。彼女も見てなかったし、研修医も見ていない。自分にしか興味がない最低野郎だ!」
 健はビールジョッキをたたきつけ、出口へ向かった……が、何かを思い出して引き返す。
「忘れていた。PNPだから最後は褒めないとな。ジェシカは綺麗だ。いい嫁さんをもらった」
 健はビールジョッキの残りを一気に飲み干す。
「さくらには、俺がついている」