近藤は、バナナの皮を健の皿の上に返す。
「若い君たちが支えないとな」
「はい、がんばります」
 健は若者らしく答えた。もはや自分が若いとは思わないが、70を過ぎた先人から見れば、子供のようなものだろう。近藤は医学教育のうんちくを話し出したが、健は君「たち」と言われたことが気になっていた。ゆっくりと立ちあがった近藤は、両足を踏ん張り膝に力を入れ大腿部をゆっくりと伸ばす。そして、唐突にこう言った。
「トモエは元気にしてますか」
 健は、一瞬、何を言われているか理解できなかった。
「よろしく頼むよ」
 健の返事も聞かずに近藤は立ち去り、会場の扉を押し開けて出て行った。秘書であろうか、紺のスーツの女性と男性が後を追いかける。
喧騒の中、健は黙って、近藤のやや曲がった70代の背中を見つめていた。

  ※  ※  ※

 懇親会がお開きになると、9時を過ぎていた。明日もまた、朝から缶詰だ。
早くホテルへ帰って、休みたいところだが、健の足は中洲の裏通りに向いていた。
 大将から今回紹介されたのは、『スナック☆花鳥風月』 。大将の行きつけで、ボトルが入っているらしい。革張りの重いドアを開けると、カウンターの奥からチャイナドレスの女が出てきた。カウンター6席とテーブル2つ。客はいない。
「待ってましたよ。矢倉セ・ン・セ・イ、でしょ? アヤで〜す」
「え〜」
 健は曖昧な言葉を発して、天を一瞬仰ぎ、行くか戻るかを天秤にかけた。
「うわさどおり、綺麗ですね」
 ここは山本の大将の面子をとろう。キャバクラは明日だ。
「あら、やだ、先生、お上手」

(イラスト:北神 諒)

 3L? 特注? 彼女が入るチャイナドレスがよくあるもんだ。ひょっとして、太田看護部長の妹か? 大将の好み? とりあえず、褒めてみるか……。
「ドレス、すごく似合ってますね」
「また、また」
「いや、ホント」
「ホントに?」
「マジ」
 アヤは歓び、「おごりよ」とビールを出す。マジか? スナックでおごってもらうなんて、生まれて初めてだ。健は調子に乗って、がんがん褒めまくってみる。
「ネール、いいですね〜」「さすが、センスが違う」「素敵です、その気持ち」「ありですよ、あり」
 だんだんと自分の気分もアガってくると、不思議に3LがLLくらいに見えてきた。酒に何か入っている? まさかな? もう、どうでもいいや。
「もうちょっと、細身だったら、プロポーズしますよ。俺」
「バ〜カ。でも、やせなきゃね」
 アヤはポテトチップスをつまんだ手を止める。健は、その手をぼんやりと見ながら考えた。
 なるほど、PNPはスナックでも効果があるじゃないか。明日はキャバクラでも使ってみようか。郷田先生、ありがとう。そう言えば、明日、俺に用があると言ってたな。仕事の話か? 友恵の研修のこと?

「強いのね〜、もうボトル、空ですよ。キープ入れますか、健センセ?」
 キープだよな。教育モチベーションをキープするのが大事って、女傑が言ってたよなあ。そういえば、女傑は今日、小佐々とゴルフのはず。ふたりで話してたよなあ〜。パットを確実に入れたいって……。
「入れますか?」
「入れます!」
 ところで女傑って、卒後何年だろう?若くは見えるけど。
「山崎12年でいい?」
「いくらなんでも、12年はないでしょ」
「じゃあ、18年?」
 現役で卒業したら24歳だから、18を足すと、今……何歳だ?
「ちょっと高いけど、25年もあるわよ」
「25年はちょっと失礼じゃないの〜」
「じゃあ、18年ね」
「ああ…、でも、もうちょっといってるか〜」
「じゃあ、25年入れとくわ」

 次の日の講習会の昼休み、レストランで食券を買うときに、カード払いのレシートが出てきた。
「――」
 絶句。気をつけろ、PNP。

「フルマッチ」は毎週月曜に掲載します。