博多から乗って来た学生は横浜女子医科大の6年生、松尾尚子。西果出身らしい。
「父が西果高校の教師で。母も西果出身で、帰って来いとうるさくて」
 自己紹介は少し投げやりだ。すかさず、重量級看護部長の太田が囲い込みを始めた。松尾の母親が自分と高校の同級生であることは、事前情報で当然チェックしている。
「あなたが帰って来てくれたら、お母さんはさぞうれしいでしょうね、オホホホー」
 上品に笑いながら、標準語を話す重量級。いかにもという感じで健は笑いをこらえた。
 いつものように、後半はカラオケ大会になってしまったが、皆、泥酔することなくスマートに飲んでいた。なんとかこのふたりを確保しようというみんなの思いが、健には微笑ましく感じられ、さっきまでのドタバタもいつしか忘れていた。いい感じだ。ひとつ前に進んだ。
 今回の大きな収穫は、地域住民の協力を得られたことだろう。中止になったが、地元のカヤッククラブや漁協が手助けしてくれたし、町内会は学生を民泊させてくれるボランティアを募ってくれたりした。健も、先頭に立って関係者たちへ企画を説明し、協力を求めたことで、この街での知り合いも増えた、病院の外で声をかけられることが多くなった。
「健先生、がんばらんば!」
「健ちゃん、きばって!」

  ※  ※  ※

 見学会の次の日、健は朝一番の特急かもめに乗り、再び博多の国際会議場へ向かっていた。
 車窓を眺めながら、夜は大将お勧めの中洲の店に行くことを考えていたが、目的はあくまで、良い指導医になるために、教え方を学ぶ指導医講習会への参加。小佐々の指令に「大きなお世話だ、悪い指導医のままで結構で〜す」とうそぶきたかったが、西海医大の女傑・長谷敦子にも勧められたので、行ってみることにした。
「近藤先生も来るそうだから、よろしく」
 小佐々はそう言っていた。健にとって、近藤和仁は歴史上の人物みたいな人だ。
 近藤は西海医大の学部長や病院長を歴任した後、中央の様々な審議会委員や公的団体の理事に名を連ね、医療界に隠然とした力を持つご意見番として有名だ。特に新臨床研修制度とマッチングが導入された2004年前後には、医療改革(改悪と評する向きもあるが)を支持する側として、頻繁に新聞やテレビに出ていた。
「医療を変えるには教育を変えるしかない。旧態依然とした医局が徒弟制度を維持し、その中で育つ医師は、国民に向き合っていない。病気を診ているが、人を診ていない。医局制度を打ち壊すため、国主導で新しい医師の教育制度を導入する。それは国際的な流れでもある」
 当時の近藤は(たぶん今も)、医師会や多くの医師を敵に回す、困ったちゃん的存在だった。

「いずれにしろ、近藤先生の世代は元気よ。自分が学生時代の1960年代の後半に、インターン闘争をして、バリフウしたんだよ」
「バリフウ?」
「バリケードで大学を封鎖したらしい」
 当時は医学部を卒業したら無給で1年間、インターンとして働かなければならなかった。身分ははっきりしないし、保険もない。この奴隷制度みたいなインターン制度を廃止しようと当時のインターン生たちが立ち上がった。全国的なデモを起こして学校を封鎖し、その年は医師国家試験が中止。結局は、その運動の影響で医師法改正、インターン制度廃止。そして新たに臨床研修が努力義務化され、70年代から2003年まで長く続いた。
「それが俺たちの世代さ。努力義務化の時代は医局制度が強固な時代でもあり、その中で、近藤先生は教授になり、医学部長、病院長、学長と上り詰めた」
「いわゆる白い巨塔の親玉、中心人物だったんでしょう。その人がなんでまた、自分の組織を潰すようなマッチングや新臨床研修制度をつくったんですか?」
「『君子豹変す』だろうね。まあ、壊すのが好きな世代であることは間違いないけど、凄い人物であることも間違いない。一度、会ってみればいいさ」
 小佐々はそう言って、健を指導医講習会へ送り出した。
   
 博多国際会議場の小ホールに集まった“指導医”は40人。
 九州各県から集まっているが、ほとんどは、健のように病院側から強制的に送り込まれ、嫌々来ている。国が主催する1泊2日、16時間の講習会。主催者挨拶に近藤和仁は登壇した。
 小佐々の話で近藤に対するイメージを膨らましていた健だが、実物はかなり違う。威厳や威圧感はない、小柄な白髪の五分刈り頭の小さな老人だ。しかし、体つきはしっかりして姿勢が良く、半袖のワイシャツから張りのある筋肉が黒く光っていた。どちらかというと元気な農夫や漁師のようだ。まっすぐと目を据えて力強いことばを発する。
「新臨床研修制度やマッチングの功罪はいくらでも語れるが、結局最も影響を受けたのは、学生ではなく、君たちだ。古い体制で育った君たち指導医が、新しい体制で人を育てる。混乱するし、一番困っているし、不満もある。その不安や不満の解決の糸口を皆で考えるのがこの講習会だ。もう、後戻りはできない。小さな村の中でルールを適当に作って、自分たちの好きなように暮していた時代は終わった。若い人たちのため、日本の明日のために君たちは変わる必要がある」
 なるほど、君子豹変す。この老人は常に変化し続けている。君子でない俺は、どうなんだ?