(イラスト:北神 諒)

 久保山のところに振り分けた学生は、見学中にスマホをいじってただ立っているだけで質問もしない。そこで、血圧でも測らせようとしてみたが、何とも要領を得ない。「血圧くらい測れないと医者になれないぞ」と言うと、「私が悪いわけじゃない。学校の教育が悪い。ちゃんと教えられていない」と逆切れされたという。
 間髪入れずに、外科医の堀田からも怒りの電話。
「健ちゃん、俺は面倒みれない!」
 堀田のところの学生はというと、勝手に動き回って救急室のモニターをいじったり、看護師ににやにやと話しかけたり、挙句の果てに、救急室から出て行ったそうだ。
「困るよ、健ちゃん。いくら研修医が欲しいからって、誰でもいいってわけじゃないだろう!」

 健とさくらは慌てて救急外来へ降り、そのふたりを連れ戻した。彼らは特に悪びれる様子もなく、控室となっている小会議室に戻り、出されたコーヒーに口をつけた。小佐々へ相談すると
「いわゆる、困ったちゃんか。何が目的で来たか聞いてみなよ。俺が出ようか?」
「いえ、僕がやります」
 健は腫れものに触るように、学生たちと世間話をしばらくした。ふたりは明日、ハウステンボスのチューリップ祭りに行きたいらしい。旅費を浮かすために、来たようだ。
「それなら、ハウステンボスの近くのホテルを今から取ってやるから、丁重に送ってやればいい」
 報告すると、小佐々はあっさりしたものだった。
 健はモンスター系の患者にする以上に、丁寧に優しく説明し、納得してもらってふたりを送り出した。まったく見知らぬはずの二人はなぜか仲好くなり、楽しそうに車から手を振り去って行った。やれやれ。山田が言うには、この手の学生の対応を誤るとネットで悪口を書きまくられ、病院の評判を落とされる。「マッチング荒らし」とも呼ばれている手合らしい。
「あー、やぐらし。くたくたバイ」
 一緒に見送った山田とさくらに健は愚痴をこぼしはじめたが、さくらは無視。山田のこれまでの労をねぎらい握手した。山田は髪をかきあげ、頬を染めて喜んでいる。
 学生の相手というのはいかに大変か。健は思い知った。ひきこもり、無気力、適応障害? 境界型人格もどき、紙一重の天才奇人、俺様、女王様……。困ったちゃんは、ある一定の割合で必ずいるらしい。どっと疲れた健は、会議室のソファーに寝転んだ。

 夕方には雨は上がり、残ったふたりの学生の歓迎会が居酒屋「山」で開かれた。
 院長の小佐々、外科部長の緒方、看護部長の太田もそろい、歓迎する方の多さに、彼らは恐縮していた。学生のひとりは住田修平。さくらが西海医大の正門の前で話しかけられた体格のいい男子医学生で、カヤックが趣味というか本格的にやっているらしい。神ノ島にも度々練習に来ているということだ。
「国体目指しています!」
 真っ黒に日焼けした筋骨隆々の住田が言うと、「がんばれー」と歓声が上がった。
 カヤックが国体の種目であることを健は初めて知ったが、西果中央病院にカヤック部があることも住田から初めて知らされた。
「うちの病院のカヤック部に入って、本格的に国体目指したら。研修と両立しながらやってみてよ。遠征費用も全部出しますよね、院長?」
「もちろん!」
 盛り上げるさくらに、小佐々は『神ノ島』の入った有田焼きの焼酎グラスを力強く置いて、答えた。
「マジすか! ありがとうございまっす!」
 住田修平の返事は気持ちがよかった。