翌日、真っ赤なフェアレディZが、病院の正面玄関にブレーキ音をたてて停まった。研修医の友恵と医学生の山田が走って出迎える。
「長谷先生!」
 <救急道場 in サイカ>を開催するため、女傑・長谷敦子を西海医大救急部から呼んだのだ。健が大輔を通じて頼んだところ、快諾してくれた。友恵や山田のために行うのだが、その様子をホームページやSNSで派手に宣伝して、研修医を集める呼び水にもするという狙いもある。
 運転席から、ピンクのスクラブ(手術着)姿の長谷が降りてきた。駆け寄るふたりに、サングラスを外しながら言った。
「あたしの彼、車酔いしたみたい」
「大丈夫ですか、車椅子持ってきましょうか?」
 友恵は心配そうに助手席をのぞき込んだ。誰かが座ってるが、光の加減でよく見えない。玄関の入り口で長谷に会釈する健。挨拶しながら、ふたりはニヤケている。
 山田が車椅子を持ってきて、友恵がフェアレディの助手席のドアを開ける。
助手席から、ごろり、落ちた。鈍い音が玄関に響く。
「ウギャ〜〜」「アウ…、ア、ワ〜」
 友恵と山田が声を上げる。手足を広げて、地面に仰向けになった人体。長谷が叫んだ。
「マサハル!大丈夫」
 女傑は、胸から下げた大きなストップウオッチのボタンを押す。ふたりの顔をみて、今度は冷静な口調で、声を放つ。
「さあ、マサハルを救命して! まず、何をする? 考えてないで、動く!」

  ※  ※  ※

 ドッキリ仕掛けの救命訓練から始まった講習会は、盛りだくさんの内容で無事お昼前に終了した。女傑の講習会は2回目となる友恵は、すっかり長谷マインドが刷り込まれたようで、「絶対、また、来てくださいね」と、別れの握手をした。
 医学生のマッシュルーム山田には、少々刺激が強すぎたのか、最後までグダグダだった。
「す、すいません、何もできなくて」
 涙ぐんでいた山田に、女傑は「がんばりなさい」と優しくハグをした。
 健はひとり、女傑を病院の駐車場で見送っていた。防波堤の向うに紺碧の春の海と空が広がる。再びフェアレディの助手席にマサハルを乗せシートベルトを巻いた。
「ごめんね、健ちゃん。食事ご一緒できなくて。これから、試合なんだ」
 長谷は後ろのラゲッジを開け、ゴルフバックからパターを取り出した。「山田工房のパター」と言って、素振りをすると、少しリラックスした表情になる。
「知る人ぞ知る、東北の職人がつくる世界レベルのパターよ」
 素振りをしながら、健になにげなく語る。
 パットの目的は単純。ボールをカップに入れるだけだ。だけど、奥が深い。同じように見えるボールは、ひとつひとつ癖があるし、グリーンは毎日変わる。芝、湿気、風………。まっすぐに転がしてくれるパターがあれば、すごく助かる。道具は大事、大切にすべき。だが、道具だけに頼ることなく、自分の技術を磨くことがもっと大事だ。
 健にも、やっと理解できた。女傑が、わざわざ自分ひとりで見送らせた理由が。研修医教育をパッティングに例えているのだ。ひとり一人違う研修医を良い医者に育てるためには、いい道具(教育技術)を使い、教える自分自身の技術や心を鍛えることが大切だということを。女傑は、さりげなく、教えてくれているのだ。
「準備する、練習する、反省し、考え抜く、そして……」
 女傑は、健に山田工房のパターを握らせた。シャフトに柔らかな春の光が反射すると、グリーンに立っているような気分になる。
「最後に重要なことは、結果を期待しない。無心になって、打つこと」
 気持ちいい風が吹く中、赤いフェアレディZは、青い海岸線を颯爽と走っていった。

※「フルマッチ」は毎週月曜に掲載します。