(イラスト:北神 諒)

 確かに素晴らしい。山田の写真の腕はプロ並みなんだろうが、何もないこの街をさも何かあるように見せることがいいのか? 健は何となく気にくわなかった。
 ウェブ業者が、健の機嫌を察して遠慮がちに言う。
「でも矢倉先生、それが宣伝なんです。何もない病院を何かあるようにみせる」
「パラダイス? 極楽に行ける病院? 気味悪がって患者も学生も来んやろー」
 健のつぶやきは無視される。今の場の中心は山田だ。さらに出続けるアイデアやコンセプトに、総務課の連中はしきりにうなずいている。山田は健を気遣ったのか、途中で力説する。
「何もない街とおっしゃいますが、私はそうは思いません。何かがあるからこの街に来てこの病院にいるわけですから」

 途中から入ってきた友恵も同じようなことを言う。海風がキモチいい、夕暮れのホッとする感じが心地いい、方言が心をなごませる、水が美味しい、コンビニのない不便さが逆にいい……。
 総務課の連中は地元の人間ばかりで、外からやってきた山田と友恵に自分が褒められているような感覚になっているのだろう。ニコニコしながらうなずいている。さらには、病院近隣の観光マップを作って載せよう、地産地消の病院食を売り出したらどうか、美人看護師特集をやろう、美人ばあちゃんの方がいい……。普段まじめで頭の固い連中が次々とアイデアを口にする。小さな会議室には笑いが響き、俄然盛り上がる。 
「じゃあ、好いたごとやらんね」
 健は会議室を出た。
 自分はもやもやしたままだが、山田と友恵が病院に元気を与えているのは事実だ。彼らの存在は思った以上に大きいかもしれない。しかし、自分は何か割り切れない……。『希望の灯り』を大きく育てることができるのか、この俺が。そんな力があるか、俺に。いや、いや、できる、俺だからできることがあるはずだ。やるしかない……。じゃあ、何をすればいいんだ?
 居酒屋「山」に向かいながら、健は頭の中で堂々巡りを繰り返していた。

  ※  ※  ※

 「山」に入ると、めずらしく座敷に襖をつけて仕切りをしている。
 誰がいるのかを聞くと、大将は「市長」と小声で耳打ちし、「今日は帰った方がいいよ」とささやいた。「わかりました」と、健が出て行こうとすると、襖が開いて男たちが出て来た。ひとりが「それでは後日また」と右手を上げ、大将と健に会釈をして出て行った。その男を小佐々と片山と緒方が追い、外に停めてあった黒塗りの車を見送った。
 車は神ノ島の防波堤沿いを走り、橋の手前で一旦停止。テールランプが赤く光っていた。それを見ながら外科部長の緒方がポツリとつぶやく。
「あいつも腹をくくったんだろう」
「とりあえず、飲み直しますか」
「そうだな」
「健先生も一緒にどう」
 片山が健を誘った。
「はあ」

 焼酎「神ノ島」とキスの天ぷらを大将に頼み、4人は座敷で飲み始めた。健は市長の座った後に座らされた。グラスにはウーロン茶がまだ残っていた。
「あいつは下戸なんだ。こないだの還暦の同窓会でも一口も飲まなかった」
 緒方は、市長と小学校からの同級生らしい。もっとも、昔話は少しだけで、すぐに今日の話にもどる。
「用件は何だったんですか」
 健が聞くと、片山が簡単に説明してくれた。
 西果中央病院に関して、市民との意見交換会みたいなシンポジウムを開きたい。市長は、そのお願いに来たそうだ。その真意は、「会を契機に病院の方向性をはっきり決めたい」ということらしい。
「どんな方向性なんですか」
「おそらく……」
 緒方は少しためて続ける。
「病院を売るつもりだろう」

※フルマッチは毎週月曜に掲載します。