【第1章のあらすじ】どの病院でも長続きしないフリーター医師、矢倉健はひょんなことから日本の最西端・西果(さいか)市の西果中央病院で働くことになる。しかし、地方のご多分にもれず、医師不足で病院は崩壊寸前だ。状況を何とか改善しようとする院長・小佐々英雄の命令で、健は初期臨床研修マッチングの医学生就職フェアに嫌々参加。美人で勝ち気な看護師・紺野さくらのアシストで、初期研修医・渡部友恵の赴任(1カ月の地域研修)、オタク医学生・山田拓也の志望表明という収穫を得る。
※第2章第5話まではバックナンバーからお読みください。

 研修医の渡辺友恵、白衣を着せた医学生の山田拓也を連れ、健はエコー室に向かった。
 若いふたりを連れて歩くだけで、病院の誰もが振り返る。これが『若手がともす灯』なのだろう。
「大きな病院では技師がエコーをするけど、西果(さいか)は小さな病院だからね。なんでも医者がやんなきゃならない。忙しいのよ」
 山田に向かって話す友恵。すっかり西果の一員となったようだ。たった2年の違いだが、医学生と研修医の差は段違いなのだ。
「だから研修医にとっては、小さな病院がいい面もたくさんあるわ。私の病院、玄海総合じゃ、エコーは技師さんがやるし、胃カメラなんかは専門の先生しかしないし、IVHのカテーテルだってほとんど麻酔科の先生が入れるの。研修医がやることが少ないというか、物足りないってこともあるのよ」
 友恵は健の前で気を使って、大病院での研修のデメリットを話し、西果中央病院のメリットを強調してくれる。これから病院を選ぼうとする医学生の山田にとっては、小佐々や健が何十回説明するより、働いている研修医の話を一度聞く方が、何十倍も説得力がある。健は素直にありがたいと思う。

「小回りの利く病院だと、研修医にたくさんチャンスが回ってくるのよ」
 山田に説明する友恵に健は、トミさんの腹部エコーをやらせてみることにした。
「もう少し密着させて」
 そう、まずは縦走査、肝臓の左葉をしっかり出して。もっとぐーっと奥の方にプローブ入れて。OK、いい感じ。次は横走査、もう少しプローブ寝かせて、そうそう。
 健は友恵の後ろにつき、彼女の右手の上に自分の右手を重ねてプローブを倒した。
「もっと肘を曲げて。プローブを倒して肝臓の表面を出すように」
 友恵の座っている背中が健の胸にぴたりとくっ付き、モニターを見つめる彼女のうなじと白衣の下の白い胸の谷間が健の真下にある。友恵は息を止めて集中し、良い画像を出そうとしている。
 患者のために暖か過ぎるくらい暖房をきかせている部屋で、彼女のうなじに汗が浮き出てきている。トミさんの寝息に合わせて肝臓が動き、なかなか良い画像がでない。いら立つ友恵は自分の体を倒し、肘を張ってプローブをもっと水平に倒そうとする。座った左足が自然にピンと伸び、白衣がはだけて紺色のスカートから白い細い脚が伸びる。
 健は思わず声をあげた。
「ああ、やぐらしかー 。ダメダメ、全然ダメ」
 
 プローブを取り上げ、友恵を横に追いやって自分がいすに座る。自分の邪念を悟られないようにと、集中して検査を始めた。友恵にムクれた顔でにらまれたが、肝臓の表面の黒い影を検出した映像を一発で出し、モニターを静止させると、驚いた表情で健を見つめて小さくつぶやく。
「さすが」
 健はにやけそうになる口元を押さえ、小さい声で山田と友恵に指導する。
「これを、見逃しちゃダメだ」
 トミさんの肝臓に腫瘍があったことは予想通りで、驚きはしなかったが、若い彼らが自分に向けた尊敬のまなざしには少し驚いた。
「俺にも灯をともす…のか? 」
 声には出さずつぶやいた。

 エコー検査が終わり、再びおかみさんを呼んで、今度は健が説明した。
「ちょっと、トミさんは入院して調べた方がいいごたるよ」
 おかみさんは安堵の表情をみせた。
「ああ、ありがとうございます。入院すれば安心よ。ほら、私は店もあるし」
 トミさんは、おかみさんのお兄さんと2人で居酒屋「山」の近くに住んでいるが、お兄さんも病気がちで健の外来へ通っている。80〜90代の親を60〜70代の子供が面倒を見るのは神ノ島では普通のスタイルだ。
「それじゃ、私と、この渡辺先生と学生の山田君が担当しますので」
 健が紹介すると、山田がびっくりしたようにまたマッシュルームの髪をかき上げて、ぺこりぺこりと頭を下げる。おかみさんも笑わずにいられなかった。
「若っか人が増えて、よかねー。お弟子さんねー。健先生もしっかりせんばね」
 今度は健が頭をかいた。