ビラ配りから2日後の水曜日。健と友恵は外来で患者を診ていた。友恵が居酒屋「山」のおかみさんに母親のトミさんの検査結果を説明していると、健のPHSが鳴る。受付から「客が来ている」という連絡だ。

「ヤマダタクヤ? わかんないけど、その人、外来に連れて来て」
 健は受付に答えて、PHSを切った。
 友恵は上手に説明している。この2週間でずいぶん上手になった。
「トミさん。あなたが言うように、ボケてないですよ。認知症はありません。大丈夫。頭のMRIでは脳もしっかりしているし、出血も梗塞もないです」
「そうやろう。ボケちゃおらん」
 トミさんは自信満々の笑顔で、健と娘を見た。しかし、娘のおかみさんは説明に不服みたいだ。
「でも、なんで? 家を店と間違えたり、財布の中身をばらまいたり、夜と昼のさかさまになったりするとやろうか。ボケじゃなかと?」
 友恵は胸を張り、堂々とした口調で説明を始めた。おそらく、健に怒鳴られて「山」から帰った夜、調べて練習しておいたのだろう。
「血液データを見てみると、どうも肝臓が悪いみたいです。これを見てください」
 彼女はモニターにデータを示した。

「赤になっているところが異常値です。肝臓から出る酵素のALT、ASTが少し高くなっててね。そして、たんぱく質と血小板という値が低くなってます。肝臓の調子が悪くなって肝硬変などになった時に下がることがあります」
「えっ、そんなに悪かとですか」
 おかみさんは健の方を向いたが、健は我慢して何も言わない。友恵はおかみさんの視線を取り戻そうと、説明を続ける。
「まだ、今の段階ではなんとも言えないので、検査をしましょうか。トミさん、今日は朝ご飯を食べてないですね」
 おかみさんは不安そうにうなずいた。
「お腹のエコー検査と採血をしますね」
「また、血を取るとですか」
「すいません。前回は一般的な採血検査をしたんですが、今度は肝臓の詳しい検査で、ウイルスマーカーとか腫瘍マーカーとかを測るようにします」
 うまくなった。さすがは、玄海総合病院でカリスマ指導医の郷田に鍛えられた研修医だ。飲み込みが早い。

 さくらが車いすにトミさんを乗せて、エコー室へ向かった。健と友恵は電子カルテ上でオーダーを出している。そこに、若い男が入って来た。
「あ、あ、あのう……」
 ああ、マッシュルーム山田だ。博多の説明会でブースに来てくれた関東の大学の。
「本当に来たとねー」
 健は思わず笑ってしまった。
 おどおどしながらマッシュルーム頭をかきあげ、なぜか謝る姿がなんとも面白い。しかも、相変わらず大きなカメラを抱えている。友恵も隠れてクスッと笑った。
「どうしたの? 何か用?」
「いや、矢倉先生がいつでも見学に来ていいと言ったから、メールしたら、今週ならいつでもいいとおっしゃったので……」
「ああ、そうだった、そうだった」
 今度は健が真似して髪をかき上げて、頭を下げた。すっかり忘れていた。
「す、すいません。昨日電話しなくて」
 友恵が辛抱たまらず噴き出し、「ウケル」と手を叩いて笑う。そこに帰ってきたさくらも、とっさに片手で口を押さえ、笑いをこらえた。
「山田君、山田拓也君でしょう。待ってたわよ」
 さくらが両手で山田の手を握ると、頬をぽっと染め、マッシュルームをかきあげる。
「マジ、ウケルー」
 友恵は笑い続けている。
 なんとなく楽しくなってきそうだ。そんな予感を健もさくらも感じていた。

※「フルマッチ」は毎週月曜に掲載します。