【第1章のあらすじ】どの病院でも長続きしないフリーター医師、矢倉健はひょんなことから日本の最西端・西果(さいか)市の西果中央病院で働くことになる。しかし、地方のご多分にもれず、医師不足で病院は崩壊寸前だ。状況を何とか改善しようとする院長・小佐々英雄の命令で、健は初期臨床研修マッチングの医学生就職フェアに嫌々参加。美人で勝ち気な看護師・紺野さくらのアシストで、初期研修医・渡部友恵の赴任(1カ月の地域研修)、オタク医学生・山田拓也の志望表明という収穫を得る。
※第2章第4話まではバックナンバーからお読みください。

「何やってるの!」
 西海医科大学の正門前で学生にビラを配る健に、第1内科の若きエース、山口大輔が厳しい口調で声をかける。
「キャバクラの呼び込み」
 同期の大輔に健はいつもの軽口をたたくが、大輔にいつもの笑顔はない。
「これはまずいぞ、健」
 腕をぐっとつかまれ、入口の右手にある図書館のロビーまで引っ張られた。一緒にビラを配っていたさくらと片山も後から小走りについてきた。雨は土砂降りになってきた。図書館の入口でカッパを脱ぐ健たちに大輔はもう一度告げる。
「これはまずいよ、健」
 大輔はいつもまじめだ。お調子者の健に、昔からこの言葉を何度も投げてきた。
「そう? 楽しかけど」
「いや、まずいんだ」

 大輔が言うには、これは明らかにルール違反であり、マナー違反ということらしい。まず、第一に、大学の門の前でビラをまくには許可がいる。
「君たちは許可を得ていない。第二に……」
 西海医大が抱える多くの関連病院は、どこも研修医が欲しい。西果(さいか)中央病院のビラ配りを容認すれば、競ってビラ配りを始めるだろう。ビラ配りだけでは済まなくなり、大学構内でも勧誘を始めるかもしれない。実際、博多の私立病院の勧誘部隊が勝手に大学に入り込み、旅費と称してお金を学生に配っていたという事件も最近あった。教育の場で許されるはずもないことだ。
 第三に……
「これが、大学の本音なんだが。大学自体も研修医が来なくて困ってるのさ。医科大の卒業生100人中たった20~30人しか大学で初期研修しないわけさ。これ以上、大学から出て行ってもらいたくない。草刈り場になっている大学だけどさ、プライドもあるし。教授も言ってたけど、院長の小佐々先生が焦る気持ちはわかる。だが、あんまり目立つとまずいわけ」
 なるほど、教授の指示で大輔は来たんだろう。

「わかった、ごめん。わかった、帰るよ」
 健はさくらたちに引き上げようと合図した。大輔は「悪いね」と言って、さくらの持っていたポスターを全部引き取った。
「明日、俺が6年生に臨床講義するから、全員に配っておくよ。内緒ね」
「ありがとう。そうか、最初からお前に相談すればよかったんだ」
 ずぶぬれのさくらと片山も感極まったように、大輔に礼を言った。
 大輔が傘をさして走って行くと、片山は黒縁眼鏡を拭きながら、せっかく来たので医局長めぐりをしてくると言う。
「一に営業、二に営業。医局の人事を握る医局長とは会えるだけ会っておかないと」
 片山は近くに止めていた公用車にもどり、紙袋を沢山抱えて再び門の中へ走って行った。
 健とさくらは片山を見送り、車に乗り込んだ。

 雨の中、健は運転席でエンジンをかけ、さくらは後ろに座って髪を拭いている。
「カミシューね」
「何?」
「事務部長が抱えていた紙袋。神ノ島の洋菓子屋さんのシュークリームで『カミシュー』って呼ばれているみたい。若い子に人気なのよ。西果までドライブして、カヤックに乗って、シュークリーム食べて、夕日を見て帰るってコースがトレンドみたい」
「その後はラブホテル?」
「朝から何言ってんのよ」
「男はそこまで考えてるに決まってるさ」