【第1章のあらすじ】どの病院でも長続きしないフリーター医師、矢倉健はひょんなことから日本の最西端・西果(さいか)市の西果中央病院で働くことになる。しかし、地方のご多分にもれず、医師不足で病院は崩壊寸前だ。状況を何とか改善しようとする院長・小佐々英雄の命令で、健は初期臨床研修マッチングの医学生就職フェアに嫌々参加。美人で勝ち気な看護師・紺野さくらのアシストで、初期研修医・渡部友恵の赴任(1カ月の地域研修)、オタク医学生・山田拓也の志望表明という収穫を得る。
※第2章第3話まではバックナンバーからお読みください。

 さくらが子供の頃、神ノ島の人口は2000人以上。今は廃校になった神ノ島小学校も1学年30人程度はいて、結構にぎやかだったらしい。その頃は景気もまだましで、今のカヤック倉庫の辺りにはレストランがあり、おしゃれなホテルも何軒かあった。
「ここも、ホテルとレストランだったんだよ」とおかみさんがコーヒーを出す。
「その頃は別荘も何軒かあって、ヨット持ちの人が東京や博多から結構来ていたのよ。うちの旦那もその口でさあ。博多で寿司屋をやってたんだけど、ちょっと余裕ができたら、あの釣りバカ、船買っちゃって。それくらいまでは良かったけどさ。次はここにあったホテルを買って。釣り道具屋と渡し船屋をやろうなんて言いだしたんだよ。ずいぶん前の話だけどね。大変さー。バカについて行くのは」
 釣竿のリールを巻く仕草に、皆思わず笑ってしまった。
「博多のお店はどうしたんですか」
 友恵は、サユリとラグビーボールで遊びながら聞いている。
「ここだけの話、高く売れたんよ。そして、このホテルを安くで買ったんよ。ここが、競売寸前のたたき売りみたいでさあ、ホテルと古家と駐車場付きで」
 健とさくらは何回も聞いたことのある自慢話を大声で話した(本人はひそひそ話のつもりらしいが)。
「じゃあ、帰って来れてよかったですね」
 友恵が言うと、おかみさんはしみじみと答えた。
「まあ、良しとせんとね。なんとか生きてきたけんね」

 おかみさんの話はさらにさかのぼり始めた。
 島の北側に掘り出し口がまだ残っているが、おかみさんが子供の頃は炭鉱の町として栄え、多くの炭鉱住宅が立ち並び、最盛期は1万人以上が住んでいたという。今の居酒屋「山」があるこの辺りには、商店と飲み屋が連なり、人も歩けないほどの賑わいだったと。
「ゴールデン街って、呼んでたんだよ。この通りを。笑っちゃうでしょ」
 この島の最も輝いた頃の記憶を語れる人も段々と少なくなってきている。また、語りたくても語る相手がいない。おかみさんの2人の子供も都会で暮らしている。
島の歴史を熱心に聞く友恵に、おかみさんはさらにずっとさかのぼる。
 神ノ島はキリスト教禁制の時代の信者が移り住み、密かに信仰を守り続けた場所という。もっと昔には、中国大陸へ密航するための港だったという説もあるらしい。健も初めて聞く話だった。

 話は神ノ島という名前の由来にまで広がる。
 もともとは“髪の島”だったという説。“下の島”という島があって、それより北にあったので“上ノ島”だったという説。禁制の時代にカモフラージュのために神事を頻繁にしていたので“神ノ島”という説。名前の由来はともかく、いずれにしろ神ノ島の住民はもともと、東シナ海へ続く近海での漁業と、段々畑で農業を営む、半農半漁の人たちで、それは今も変わらない。おかみさんの実家もさくらの実家もそういう家で、昔から神ノ島に住み、代々にわたって島の栄枯盛衰を見続けてきたという。

「人の出入りはいつの時代もあったけど、結局はそんなに変わらない島って感じと思うよ。住んでいる人も、行きたくないというか、どこにも行きようがないというか……。私もそういう人なんだろうけど」
 やや自嘲気味に、さくらは言った。
「どうしてなんですか。さくらさんも博多で働いていたんでしょう?」
いろいろあってもどってきたのよ。もどったらもどったで心地いいというか」
「あれからもう5年経つのかね。サユリちゃんが生まれる前だったね」
 おかみさんはさくらにお茶を注ぎ、思い出すように話し始めた。今度はさくらの家族にまつわる話だったが、彼女は遮ることなく、サユリとラグビーボールのパスをしながら話を聞いていた。

  ※  ※  ※

 いろいろは今から5年前、紺野さくらが25歳の時に始まった。
 さくらの実家は神ノ島の教会のすぐ近くにある。居酒屋「山」から歩いて4、5分。大将夫妻が博多から帰ってきた20数年前から親戚づきあいのような関係が今も続いている。
 紺野家は代々漁師ではあるが、漁師だけで食べて行くことは難しい。さくらの父は高校時代のラグビー経験を生かし、小さなスポーツ店を経営。田舎のスポーツ店経営者がよくするように、小中学生を集めてラグビースクールを開いていた。
スクールの練習を予定していた夏のある朝、さくらの父はいつものように日の出前から漁へ出かけた。キスゴと呼ばれるキスの刺し網をやろうと思っていたのだろう。網を担いで朝5時頃、家を出て行った。
 朝7時前、さくらの母、紺野多恵の電話が鳴る。出てみると、聞き取れないほどに叫ぶおかみさんの声が飛び込んできた。
「船が流されよる! 桜丸が流されよる!」