「それで、健先生、何かいい案は出たのかい?」
 小佐々がまじめに質問してきた。健はとっさに思いつきで返す。
「医学生と若手看護師の合コンなんかどうですかね」
「それ、いいー!」
「でも、若手看護師って、何歳まで」
「子持ちでも、私、若いって言われる」
「意外といいんじゃないですか」
「オ―、若い学生をだまして玉の輿作戦」
「実際に住んでいる看護師がこの街の魅力を学生に伝えることは効果があるかも」
「今なら、カヤック・コンでしょ」
 一番若い看護師が言った。
「それ、いいー! やろー!」
 健も聞いたことがある。神ノ島は波の穏やかな内海と東シナ海へ広がる外海のちょうど境にある。そのため、カヤックの基地として最近使われ始めて、若者が集まっているらしい。イベント会社がカヤック合コンなる企画を立てて、生まれたカップルがカヤック婚となることもあるらしい。
「決定!西果の美人看護師と医学生のカヤック合コン」
 小佐々院長も笑顔で拍手をしたところで、この話題は終わるだろうと健は思っていた。しかし、片山事務部長はカバンからiPadを得意げに取りだし、スケジュール帳を呼び出した。
「それじゃあ、5月のゴールデンウイーク中にやりましょうか。あと2週間ですが、がんばって準備ばしましょう」
 マジやるの! 健は慌てた。おいおい、これはいつもの飲み会のたわいもない話で、翌朝には皆忘れているというパターンでしょう。

「健先生、ガンバって」
 拍手をされ、乾杯を強要される。
 これはやばい流れだ。とりあえず抜け出すしかない。席を立とうとすると、相撲取りのような太田看護部長にデーンと道をふさがれた。
「さあ、健先生、飲んで、飲んで。限定販売の25度焼酎、神ノ島ゴールドよ!」
 相変わらず威勢がいい。太田も小佐々と同じ時期に看護部長に抜擢され、看護部の古い親方日の丸体制を壊すために日々戦っている。その横では、還暦過ぎの緒方外科部長の酔いが回ってきた。
「結局はさ、俺たちみたいな老いぼれドクターは、変化を望まないわけよ。若い力で改革せんと、この病院は潰れるとさ」
 サユリを家まで送るのを口実に帰ろう。もう潮時だ。健は立ち上がろうとした。
「ダメよー、健ちゃん、逃げたら」
 重量級の太田看護部長の声が響くと、またどっと笑いが起きた。酔った緒方の話はまだ続く。
「健先生が適任さ。若い医者を集めるのは、中堅の脂が乗った、少々荒っぽい人がいいのさ、いいだよ」
 パチパチ、パチパチ。パチパチ、パチパチ。拍手はしばらく続いた。
 酔いのまわってきた健には、拍手の意味がいまひとつ理解できない。思わず立って手を振り、前後左右にぺこりと頭を下げてしまった。サユリも真似して立ってぺこりとすると、また笑いが起きる。「のぼせもん」と掛け声がかかった。
「のぼせもん!」「のぼせもん!」「のぼせもん!」「健ちゃん!」「健ちゃん!」「健ちゃん!」
 沸き起こるコールの中、さくらがラグビーボールを健に投げた。
「ナイス・キャッチ!」
 健はラグビーボールを脇に挟み、神ノ島ゴールドを一気に飲み干した。
「よっしゃ、研修医ば、集めるぞー!」
『One for all, all for one. 』ラグビーボールに印字された文字が浮かび上がる。
「オー!」
 勢いよく右こぶしをあげた。そして、健は、バランスを崩して座敷から土間に落ちた。
「オ〜」
 酒が強いわけではない健は、ここでいつものように撃沈。2階の部屋に運ばれた。

 この夜が西果中央病院マッチング対策の事実上の決起集会となった。眠りについた健は知らぬまま、様々な“アクションプラン”が決まり、片山のi-Padに星が次々と書き込まれていく。

★ ホームページをつくって、ブログやツイッターでも情報発信
★ 西海医科大に行ってビラをまく
★ 西果中央病院見学バスツアー&カヤック体験
★ 研修医の給与を上げることを検討

 まさに当事者の研修医、友恵も加わった。
「研修医の目から見て、他に何かいい案はない?」
 さくらから聞かれて、友恵が即答。
「指導医がダメ。健先生をちゃんとした指導医として育てた方がいいですよ」
 怒ったように言うと、笑いと拍手が起きた。
「そうやねー。よか先生ばってんねー、ちょっとスケベでねー」
 大将がカウンターの奥から声を上げると、さらに笑いが積み重なる。楽しい夜だ。健を除いては。
「よし、矢倉君を来月博多で開催される指導医講習会に参加させよう」

★ いい指導医を養成する