【第1章のあらすじ】どの病院でも長続きしないフリーター医師、矢倉健はひょんなことから日本の最西端・西果(さいか)市の西果中央病院で働くことになる。しかし、地方のご多分にもれず、医師不足で病院は崩壊寸前だ。状況を何とか改善しようとする院長・小佐々英雄の命令で、健は初期臨床研修マッチングの医学生就職フェアに嫌々参加。美人で勝ち気な看護師・紺野さくらのアシストで、初期研修医・渡部友恵の赴任(1カ月の地域研修)、オタク医学生・山田拓也の志望表明という収穫を得る。
※第2章第2話まではバックナンバーからお読みください。

ぎんぎん ぎらぎら 夕日が沈む
ぎんぎん ぎらぎら 日が沈む
まっかっかっか 空の雲
みんなのお顔も まっかっか
ぎんぎん ぎらぎら 日が沈む

 居酒屋「山」の大将がマイクを握ってだみ声で歌いだす。カラオケ開始の合図だ。
 待ってましたと看護師たちが予約を入れると、ピンクレディーからAKBまで、歌って踊れる曲がずらりと並ぶ。小さなラグビーボールが小道具となっており、それをパスされると踊らなければならない。健もさくらもサユリも、入れ代わり立ち代わり踊る。
 座敷とカウンターの間の小さな土間はダンスホールと化す。
「サユリちゃんは踊りが上手だなあ」。大将が褒めると、サユリはさらにはしゃいで踊る。喉が渇けば西果(さいか)名物『夕日のオレンジジュース』。そして、また踊り、褒められる。
「褒め上手ですね」と健が言うと、大将は面白いことを教えてくれた。
 釣り名人の妻は、褒め上手らしい。大漁はもちろん、雑魚でも坊主でも褒める。褒められると、また行こうと思うし、褒められたいために頑張るのだ。

 激しいダンスが続き、一息つこうと皆が座った時、今日の検査値の確認を健に命じられた友恵が帰ってきた。
 健は友恵とともに店の外に出て、報告を受ける。
「トミばあさん、どうだった?」
「えーと、肝機能異常がありました。血小板も下がって。」
「アルブミンやコリンエステラーゼも下がってるな。つまり、この状態は……」
 しばらく、検査データについて健は冷静に話した。ここで大将のように「よく気がついた、すごいなあ」と、友恵を褒めるべきとわかってはいるのだが、ヘタレの健にはそれができない。照れくさい。
「おかえりな、友恵ちゃん。きばっとるねー」
 店の中に戻ると、大将がブリの刺身とアラの煮物を並べてくれた。

「うわー、すごい」
 友恵は若者らしく、ビール片手にがつがつと食べ始めた。そういえば今日は大学まで搬送して何も食べてないのか、こいつは。ねぎらいの言葉をかけられないまま気まずくなった健が再び外へ出て行こうとした時、院長の小佐々と、副院長兼外科部長の緒方、看護部長の太田幹子、事務部長の片山敏郎、そして総務課の若手数人が入って来た。
「おー、楽しんでる?」
 小佐々らはカウンターに座った。

 どうやら、また何か悪いことが病院に起こったのだろう。そんな時は、いつも土曜の夕方から病院長室にこの面々が集まって話し合う。話が行き詰まると、ここに流れてくる。健とさくらたち、3階東のグループと遭遇したことも何度かある。「博多の医学生合同説明会に行ってくれ」と最初に小佐々に言われたのもここだったような気がする。
「楽しんでる?」
 小佐々は生ビールを掲げて乾杯し、若い看護師たちが座る座敷へ上がった。
「院長先生、今日は何の会議ですか?」
 さくらが尋ねた。
「人集めの作戦会議。若い看護師と研修医をいかに集めようかと話し合っていたんだよ。そういえば、健先生も来るはずだったよなあ?」
 健は頭をかいた。完全に忘れていた。
「いやいやいや、忘れたわけじゃなかとですよ。何かいいアイデアはないか、この美人スタッフたちと考えていたんですよ。ねー、サユリちゃん」
 サユリが、こっくりとうなずくと、どっと席が沸いた。若手の事務方たちが手を叩いて笑う。かなり厳しい会議だったのだろう。入って来た時の表情はみな暗かったが、ようやく硬さがとれてきた。
 いろんな噂がある。
 今秋にも小児科医が全員辞めるとか、消化器内科の医局が引き揚げる打診をしたとか、博多の玄海総合病院が看護師を大量に引き抜くとか、市長と市議会が病院を潰す密約をしたとか。良い噂はひとつもなく、職員たちは戦々恐々としている。