【第1章のあらすじ】どの病院でも長続きしないフリーター医師、矢倉健はひょんなことから日本の最西端・西果(さいか)市の西果中央病院で働くことになる。しかし、地方のご多分にもれず、医師不足で病院は崩壊寸前だ。状況を何とか改善しようとする院長・小佐々英雄の命令で、健は初期臨床研修マッチングの医学生就職フェアに嫌々参加。美人で勝ち気な看護師・紺野さくらのアシストで、初期研修医・渡部友恵の赴任(1カ月の地域研修)、オタク医学生・山田拓也の志望表明という収穫を得る。
※第1章の本編はバックナンバーからお読みください。

「桜、電車、猫」
 健は3つの単語を繰り返す。
「トミさん、この言葉を覚えてね。あとでまた聞きますからね」
「はあ?」
 トミさんは診察室の丸いいすに座って、健の顔を見上げる。
「ちゃんと覚えてよ」
 耳元でがなる60歳の娘は、居酒屋の「山」の大将、山本さんのおかみさんである。物忘れがひどくなったと自分の母親を健の土曜日の外来へ連れてきた。認知症の有無を調べるため、簡易テストを健は試みている。
「今日は、何月何日?」
 健が尋ねると「4月10日」と正確に答えた。年齢もしっかり答えている。
「100引く7はいくつ?」
「93」
「おー、できるね。大丈夫のごたるけどね」
 健がおかみさんの方を向いて言うと、トミさんに「わしゃボケとらん」と怒られた。健の背中でケラケラと笑う声がした。

(イラスト:北神 諒)

 笑いの主は、玄海総合病院の研修医渡辺友恵。
 地域研修として1カ月間だけ、西果(さいか)中央病院へ派遣されてきた。東京出身の友恵は、初めて母の故郷に来たことで気分が高揚しているのか、もともとそういうキャラクターなのか、やたらに明るく見える。あっという間に病棟や外来のスタッフに溶け込み、医師の控室(医局と呼んでいる)でも話題となっている。
「健先生の後ろをぴょんぴょんついて回る子は、気分を明るくしてくれるよ」
 還暦をすぎた副院長兼外科部長の緒方勇は、孫娘でも見るように目を細める。疲労困憊、いまにも倒れそうな小児科部長の井上智樹は、友恵の質問に満面の笑みで答えてくれる。撤退、撤退と小佐々を脅す消化器部長の久保山正志は「健ちゃん、うちにも彼女を回してくれないか」と真剣な眼差しで訴えてくる。 
 研修医は病院に灯をともす。
 昨日まで、どんよりと重い閉塞感だけが漂う病院に、小さな光が差していた。しかし、その希望の光をどう扱っていいか、健は悩んでいた。明朗快活とは、ずけずけ遠慮なくものを言うことでもある。
「それって、何ですか?」
「マジですか? そんなこと玄海病院ではしません」
「健先生、大丈夫ですか?」
 健が切れそうになって注意すると、すぐに涙目になってダンマリだ。どうすればいいんだ? 若い女と話すなんて、キャバクラくらいだし、ましてや研修医に教えたこともない。

 健がトミさんを診察している内科外来に、さくらが割り込んできた。
「小児科の予防注射、1時間待ち。お母さんたちが早くしてほしいって」
 わかっているさ、俺だって遊んでいるわけじゃない。健はイライラしてきた。先月から小児科の医者が3人から2人に減り、健は小児科も手伝うことになっていた。
「わかった、わかった」
 健は後ろに立っている友恵を見た。
「友恵先生、トミさんの長谷川式続けて。それともう少し詳しく問診とって。あと、身体所見もとってさあ、報告して。それとまずは採血ね。頭部MRIも取った方がいいだろう。ああ腹部エコーも必要になるだろうね……」
 友恵はメモを取りながら、長いまつ毛を上に向けて健を見た。
「それはなぜですか? MRIは何のために? 腹部エコーはどうして?」
「ああー、やぐらしかー! それくらい勉強しなよ! なんでもかんでも聞いて」
 健は怒鳴って、小児科の外来へ小走りで向う。背中に潤んだ視線を感じた。
(郷田だったらどうやって教えるんだろうか?)
 後ろめたさのせいか、友恵の本来の指導医、玄海総合病院の郷田常道の顔が浮かぶ。しかし、この戦場で、いちいち研修医に説明している暇なんてない。それより、トミばあちゃんが気になる。目に黄疸がでている。

 小児科外来は一触即発状態だった。髄膜炎予防のためのワクチンを打ちに来た子どもと母親が10組ほどいて、子供が泣き叫び母親がイライラして怒鳴っていた。
「まだーまだー」
「うるさい、静かに。ほら、やっと、先生が来た!」
 怒りの視線を感じて、健はすぐに注射を打ち始めた。問診票をチェックしてサインして、泣き叫ぶ子供をあやしながら注射を打つだけだが、時間がかかる。内科での注射は医師の指示の下に看護師が行う場合も多いが、小児科では医者が全部するようだ。時には「インターネットで調べました」と、母親がドンと資料を持ってくる。「副作用が出たら誰が責任を取るのか」と、繰り返し質問する父親。注射の後に孫の腕が腫れたと怒鳴りこんでくる祖母。心配も怒りも100%向こうが正しいと健は思っているが、自分の力にも、医療にも限界もある。部長の井上に相談した。
「相手の目を見て、しっかり聞いて、説明した後は、打つ、打たないは任意ですから。それに、今(2012年)は西果市は貧乏だから他の市町村のように医療費の補助がなく、患者さんの全額負担。だから、しょうがないんですよ、いろいろ言われるのは。少しくらい市も補助すべきと思うんですけどね。これじゃ、ますます人口が減るよね。なんかあったら僕を呼んで」
 そうもいかない。50歳を超えて週2〜3回も当直しているこの人に、これ以上の仕事はさせられない。この人が倒れれば、小児科は廃科となるのは確実。そうすると、若い家族は西果を去る。ひと時の休息を井上に与えるのが健の仕事だ。

 友恵が小児科外来に入ってきた。
「健先生、さすが総合医ですね、なんでも診れる」
 感心していたが、そんなもんじゃない。医者がいなくて仕方なくやっているだけの話だ。東京ではお役人や偉い人たちが、「地方ではなんでも診れる、どんな患者にも対応できる総合医を育成すべきだ」「いやいや専門医が重要だ」「でも総合医も専門医だ」「総合医という言葉はダメだ、総合診療医だ」「じゃあ、総合内科医と家庭医と…」などという議論を延々としている。健にとって、そんな議論はバカバカしくてしょうがない。とりあえず今日も目の前の患者を診るしかないのが、現場の医者だ。
 名前なんか何でもいいのだが、子供たちからは「矢倉のやぐらしか先生」と呼ばれているようだ。「人気ですよ」と小児科外来看護師から褒められる。リップサービスであろうが、褒められると嬉しい。
 8人目の注射が終わろうとした時、健のPHSが鳴った。
「AMI疑い」
 さくらからだった。3階東病棟の入院患者を見舞いに来た家族が胸痛を訴えているから、来てくれというコールだ。
「健先生、今から心電図、採血、ルート確保します」