西の果て、線路もぷっつりと途切れている長崎駅に着いた。
「すいません、途中からすっかり眠ってしまって。それじゃあ、また。明日の講習会、頑張ってください」
 健は郷田と友恵に挨拶をし、さくらと共に大きな段ボールを抱えてバスターミナルまで数分歩いていた。22時30分発、最終の西果市役所行き。これからさらに1時間以上バスに揺られると思うとゲンナリしてくる。
「よう」
 ふりかえると、院長の小佐々だった。
「健先生、さくらちゃん、博多は楽しんできたかなあ」
 小佐々は黒縁眼鏡の片山事務部長を従えていた。
「ちょうどよかった。公用車に乗って帰ろう」
 小佐々は、西海医科大学関連病院長会議とその後の懇親会を終え、ターミナルビルの駐車場へ向かうところだった。

「今日の関連病院長会議は静か、無風だったね」
 西果中央病院と書かれた白いワゴンに乗り込みながら小佐々は言った。
「前回は俺、ぼこぼこに叩かれたけどなあ。最近の教授たちもかわいそうよ」
 戦前から続く教授会と県内外の関連病院の病院長が年に2度、集まる。関連病院とは、大学が医師を派遣している病院のことだ。その数は200以上あったが、いまは100程度まで減っている。そして、意外にも昔は、力関係では圧倒的に関連病院群が大学教授陣よりも強かったそうだ。教授といえども自分の先輩たちが病院長になっているから、何か言われてもそうそう強く反論できない。
「何で、大学は関連病院に人を出さないのか」
「大学は地域を見捨てる気か」
「大学の教育が悪いから、若者が医局に入らないんじゃないか」
 病院長軍団から教授陣が叩かれるのがこの会議のお約束であった。しかしながら教授たちもない袖は振れない。本社に入る新入社員がいないなら支社に派遣している社員を本社に戻さなければ、組織は維持できない。大学の医師の撤退や公立病院の統合で、ここ数年、何十もの病院が閉鎖された。

「最近は、病院長たちもそういう現実が段々わかって来てさ。いくら教授に圧力かけても仕方ないという感じで、今日の会議はいつもより静かだったみたいだよ」
 実質的にこの会議の機能はなくなってきているのを皆感じている。単なる親睦会となりつつあり、小佐々も酔っていた。関連病院会議の中で最も若い45歳の小佐々は、病院長陣や教授陣に酒を注いでまわったのだろう。
「○○院長は釣りですか。それなら一度西果に来ませんか」
「**教授、まさか、撤退はないですよね。はあああ。ゴルフ? ぜひ、ご一緒に」
 45歳にして公立病院の病院長は異例だ。いろいろ苦労もあるだろう。
『自助努力』
 今年の関連病院長会議のテーマだったらしい。自助努力で、それぞれの病院が若手を集める工夫をしよう。いつまでも大学に頼ったらダメだ。
 大学側も「それぞれの病院が地力をつけて巣だってくれ」みたいな感じだった。
「いずれにしろさあ、地方の医療は終わり。地方の大学も落ち目、その関連病院も落ち目。落日を共にながめる泥船の船団かもしれんよ」

 珍しく弱気になっている小佐々の暗めの話がひとしきり終わると、助手席に座るさくらは博多であったことを報告し始めた。
 誰も寄り付かないブース、学生に扮して潜入したこと、都会の症例数が多くていい指導医のいる病院の人気は凄いこと、給料も大事ということ。そして、関東医科大学のマッシュルーム頭の山田という学生が西果中央病院に興味をもったこと。
 彼女は気を使ってるのか、明るく助手席から笑顔で話すと、小佐々の気分も晴れて来たようだ。時々、ホーとか、へーとか相槌をして、喜んでいる。
「研修医がひとり、4月から来るようになりました」
「えっ」
 後部座席で、小佐々と健は顔を見合わせた。
「玄海総合病院の2年目の渡辺友恵さんが、地域研修の枠で1カ月。西果で研修したいと言ってました。健先生の下で働きたいって」
 健は驚いた。そんなこと、いつ言っていたのだろうか。
「覚えてないんですか?」
 紺野さくらは舌打ちをした。
「これだからヨッパライは嫌いなんですよ。彼女は総合医志望で、お母さんが神ノ島出身だから前々からうちに興味があったって。郷田先生も西果出身だからOK出しましたよ、列車の中で。健先輩、オッケー、オッケーって、スケベな顔で握手してハグまでしてたじゃない。かわいいあの子と」
「よかよか。でかしたぞ、さくら。学生1名、研修医1名ゲット。すごい!」
 小佐々は手を叩いて喜んだが、健は郷田が西果出身ということを知って驚いていた。

※「フルマッチ」は毎週月曜に掲載します。