さくらは華麗なステップで人混みをかきわけながら、首からの名札を外し、眼鏡を外し、髪を整え、胸のブラウスのボタンを2つ…のつもりが3つも外して、滑り込むように西果のブースへ戻った。床に置いてあった段ボールの中のパソコンとパンフレットをドンと机の上においてパソコンの電源を入れながら、
「ようこそ西果中央病院へ」
 さくらは息を整えた。
「臨床研修担当看護師の紺野さくらです。ちょっと食事に行っていたから留守をしていました。名前、お名前は?」
 初めての学生に、最高の笑顔で、優しく丁寧に話しかけた。
「関東医科大5年生の山田拓也です。1週間後に6年になります」
 そう言ったきり話さない相手は何かを待っていた。さくらは自分がすべきことを思いだした。
「そうそう、シール、シール、大事なシール……」
 ブースの来訪者には、名札に赤い丸シールを張ってやるルールとなっている。さくらはシールを探していた。
「シール3個で弁当、4個でUSBだもんね……。さっき一度に学生が沢山来てシールがなくなったんだよねー。シールもらったら、すぐ行っちゃったけど」
 さくらはひざまづいて、足元にある段ボールの中をのぞき込む。ちょうどそのタイミングで健はブースの中に入って来た。
「ああ、よかった。矢倉先生。こちら、総合内科の指導医の先生。山田君よ。わざわざ関東医科大から。シール、どこにやったかなあー」
 健と医学生山田は、ちょうどいい角度でさくらを見下ろす。ブラウスからのぞく胸の谷間。健は思わず山田を見て言った。
「大きいだろう?」
 瞬間、またもや下からみぞおちを突き上げられた。
 うっ。

(イラスト:北神 諒)

「はい、シールね。ごめんねー、エロオヤジなんですよ。うちの指導医は」
 さくらはブラウスのボタンをひとつ閉めて、山田の横に座り胸の名札に赤い丸いシールを貼ってあげた。さくらの香りが鼻をくすぐる。山田の顔はみるみる赤くなった。びっくりして、おどおどするマッシュルームの医学生は、なぜか大きな一眼レフのカメラを抱えている。健は念のために聞く。
「西果出身?」
「東京です」
 やはり。しかし、なんで、九州の片田舎の病院へ興味があるのか。さくらも不思議そうにエントリーシートを確かめていた。学生の名前は山田拓也。
「サイカっていう名前が、興味あるというか、惹かれます」
 ポツリポツリと理由を話す山田。
 ふたりは、うんうんと忍耐強くうなづいている。日頃、西果のお年寄りの話を聞くことに慣れている健やさくらにとっては苦痛ではない。
「僕の好きなSFファンタジーぽいゲームっていうか、もともとライトノベルから始まったんですけど、タイトルが『サイカシティー』っていう未来都市を舞台にしたバトル系というかファンタジー系というか、結構面白くて、つまり……」
 健とさくらは目を合わせた。
 なるほど。これが秋葉系というオタクか。田舎には生息していない。マッシュルームの山田は下を向いたまま早口で話し出した。健の外来のお年寄りの患者さんと同様に、山田も普段話を聞いてくれる人がいないのだ。彼の話は続く。
「すごい面白いんですよ。サイカシティーは、異世界の西の果てに残った最後のユートピアという設定なんですけど、いろんな難題をクリアしていかないとシティーがヘルカするんですよ」
 さくらが聞いた。
「ヘルカって何?」
「ファッションヘルス化」
 健のボケを、山田もさくらもスル―。
「HELL、地獄ですよ。地獄化ですね」
 さくらは苦笑する。
 笑うことなく、健はつぶやいた。
「まさに、西果の状況じゃないか……」