(写真はイメージです)

 研修医の友恵は続ける。
「第2の売りは、指導医。指導医がしっかり指導してくれる。向こうが救急部の郷田先生、こちらが総合診療部の松岡先生」
 ブースの中で他の学生へ説明している2人を紹介した。眼鏡をかけた細身の郷田が手をふり、太い腕をむき出しにしている松岡はピースサインをした。健はにこりと返したが、さくらは緊張しているのか、無表情だった。
 友恵は、いかに指導医が研修医の面倒をみてくれるかを話した。
「救急部の郷田先生は、指導の仕方がとてもうまいんですよ。診察の仕方とかを手取り足とり教えてくれる。結構、有名な先生よ。今日は、夕方に郷田先生のセミナーがメインブースであるから聞いて帰れば?」
 健はふたたびうなずいた。
 なるほど。手取り足とりの指導が評判を呼ぶわけだなあ。確かに、忙しい病院ほど教える時間なんてない。医者は、もともと頭はいいが、人に教えるのが苦手な人が多い。健の研修医時代も、先輩から手取り足取り教わった記憶はない。盗んで覚えろ、背中を見て育て、という感じだった。
 俺の頃は過保護がダメで、今の研修じゃ過保護が良いわけだ。適度に暇なうちの病院なら手取り足とり、ついでに腰でも胸でも使って教えてやれる。キャバクラで鍛えた丁寧なトークが役立つ。健の自信は深まりつつあった。「3つ目は何だ、さあ来い」と健は手ぐすねをひいて身構えた。
「3つ目の売りは」

 後ろの写真を友恵は示した。数十人の研修医が集まってピースをしている写真。
「仲間、同期が大事。研修って結構大変でつらいことが多いからね。私なんかしょっちゅう怒られて、凹んだりするんだけど。そんな時は、ほら、この同期の仲間と10階のテラスでお茶したり、中州のステーキハウスに行って同期飲みしたりして。この前はカラオケで朝まで歌ったり。とっても楽しいわよ」
 うーん、健は腕組みした。
 これは西果中央では無理だ。仲間はいないし、テラスはない。焼き肉屋もない。ステーキハウスやカラオケボックスなんて、あるわけもない。強いて挙げれば、健や院長の小佐々が通う居酒屋「山」か。海の近くにあるのに「山」の店主は山本さんで、元博多のすし職人。釣り好きが高じて、奥さんの故郷の西果に移り住み、渡し船兼居酒屋を営んでいる。健の貴重な中洲キャバクラ情報源でもある。
 まあ、中洲キャバクラ情報は置いといて、3つ目は無理だ。肩を落とした健だが、さくらは目を光らせて質問を連発する。
「教育プログラムって何です?」
「到達目標って?」
「地域研修って?」
 あっという間に決められた10分の時間が過ぎ、礼を言って立ち上がった。

「どがんやった?」
 健は玄海総合の印象をさくらに尋ねた。ふたりは、休憩スペースで、無料のぬるいコーヒーをすすりながら、周りの学生がしているように革靴を脱いでくつろぐ。
「渡辺友恵さんだったっけ? 彼女、神ノ島出身じゃないかしら」
 さくらは、健の予想外の答えをボソリとつぶやいた。
 神ノ島とは西果中央病院のすぐ近くの岬の突端にある島である。潮が引いた時は砂浜でつながるので正確にいえば島ではない。今は橋がかかっている。その昔、ここから唐に渡っていたとか、出島よりもっと前にポルトガルと交易していたとか、隠れキリシタンがいたとか伝えられている。小さな教会がある島だ。戦前戦後の時期は、島の北側の炭鉱で栄えた。高度経済成長時代には橋でつながり、バブル期はホテルが立ってリゾート地として注目を浴びた。
 今はすっかりさびれたが、カヤックの名所ではある。健にとっては、魚が旨く、10時過ぎたら大好きなカラオケが歌える居酒屋「山」のある島だ。
「私、神ノ島出身なんですよ。神ノ島には渡辺姓が多いんで……」
 初めてさくらが神ノ島出身だということを知った健は、「それで、さくらちゃんは博多の病院を辞めて西果へ帰って来たんだ」と言おうとしたが、彼女は打ち消すように話を元に戻した。
「研修医から見て良い病院とは、研修医が担当する患者さんの数が確保できていること。教えてくれる指導医がちゃんといること。それにアフターファイブ」
 さくらは復習しながら、次のターゲットを探し始めた。
「私、イマイチ納得してないんですよね、それだけじゃないような気がする」
 彼女はコーヒーをすすりながら、眼鏡越しに病院ブースの群れを見渡している。
「あそこ、どうです?」
 彼女が指差す先には、『海北記念病院』の看板があった。聞いたこともない病院だ。
 人だかりのする今日の一番人気といってもいい国立博多医療センターの2つ隣にひっそりとブースを構えている。健もさっきから気になっていた。