【前回までのあらすじ】

 江戸大学病院の初期研修医1年目、ディーゴとジョージ、レイカ。6月から消化器外科での研修が始まり、分子標的薬治療の患者を担当することになった。同日に入院した2人の患者の血液検査結果がなかなか改善しないことに悩む3人。飲み会で消化器外科の医師たちの噂を耳にした翌朝、担当患者の病室に向かう。



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 6月12日、日曜日。「ディーゴ飲み会」の翌朝、アルコールが抜けない体でなんとか病院に行った。週末ということもあり、朝の採血結果はまだ出ていなかった。海野さんと高井さんの身体診察のため、僕たちは3人そろって病室に向かった。

 病室は、昨日までのお茶が出てきそうなホンワカした雰囲気からは一転。海野さんが開口一番症状を訴える。
「動悸がするのは昨日までと同じなんだけど、昨夜からはなんだか気分も悪くて、両腕に力が入らないのよね」
 同室の高井さんも同様に訴える。
「私も同じような症状なのよね。今朝は1回吐いたしね。あと、指が痺れる感じもする。これも薬の副作用なのかしら…」
 どちらも気になる症状だ。もしかしたら電解質異常が更に増悪しているのかもしれない。
 そこへ、検査室から僕のPHSに電話が入る。緊急時や対応が必要な異常所見が出たら、検査オーダーした医師に直接電話をするルールになっている。

「昨日出井先生がオーダーされた入院中の海野さんと高井さんの血液検査結果が異常値なので、すぐに確認してください」
 電子カルテで確認すると、2人の電解質異常は予想以上に増悪していた。海野さんは腎機能と電解質異常がさらに悪くなっていた。尿素窒素(BUN)/クレアチニン(CRE)が60/2.2と増悪していて、何よりカリウムが5.7から6.6に急上昇している。一方の高井さんは、あれだけカリウムを投与しているにもかかわらず、2.5まで下がっている。いよいよ危険な数値になってきた。

「ピコーン、ピコーン、ピコーン」
 沈黙のナースステーションに突然、大音量の心電図モニターアラーム音が鳴り響いた。
 モニター一覧の中で、2人の心電図波形の枠が赤く点滅している。海野さんと高井さんの心電図だ。海野さんは期外収縮が頻発し、高井さんは心拍数が毎分45回と徐脈になっている。
 ジョージがすぐに指示を出す。こういう時の瞬時の判断はさすがだ。
「海野さんにカルチコール静注とGI療法を行うのですぐに準備して下さい! あと、高井さんには現在つないでいる塩化カリウム入りの点滴を早めます!」
 急に慌ただしくなった消化器外科病棟の中で1人、レイカが心電図モニターの前で首をかしげている。
「レイカ、どうした? 何か気になる?」
 僕が声を掛けると、レイカは少し困った表情をしたまま振り返る。
「うーん、はっきりとは分からないけど、なんだか違和感があるのよね。こっちが海野さんで、こっちが高井さんでしょ?」
 レイカの指し示した名前を確認するが確かにその通りだ。左側にある期外収縮が頻発しているのが海野さんで、右側にある徐脈気味なのが高井さんだ。確かに、何か引っ掛かる。僕は必死にこれまで集積してきた知識を振り返った。国家試験の勉強だっただろうか、それとも循環器内科研修中だっただろうか…。
 …そんなことより、今は緊急事態。ジョージの言うとおり、すぐに対応しなければならない。僕は気を取り直すと、ナースステーションの横にある心電図の機械を引っ張り、病室に走った。病室に到着すると、ジョージが高井さんの点滴の速度を早めようと、手を伸ばしたところだった。
「ジョージ、ちょっと待って! 心電図を取ろう! 12誘導心電図」
「ディーゴ、何言っているんだ。いまは心電図とか検査は後回しだ。今やることは電解質補正だろ!」
 しかし、僕は黙々と心電図検査の準備をする。いわゆる、「虫の知らせ」というやつだ。普段あまり自己主張しないタイプの僕が真剣な顔で作業を進めている姿に何かを感じたのか、ジョージも電極を付けるのを手伝ってくれた。

 レイカも加わり、研修医3人で検査を進める。そこへ、僕のPHSの着信音が鳴り響いた。院外からの着信だ。電話に出ると、相手は細田医局長だった。
「おはようございます、細田です。海野さんと高井さんの採血結果見ましたか? 電解質異常が増悪していますね。補正が必要ですが、ちょっとその前にモニター心電図波形が気になるので、十二誘導心電図検査をしてすぐに循環器内科にコンサルトしてください」
 細田先生も、レイカや僕が抱いた「違和感」に気が付いたようだ。
「はい、ちょうど今検査したところです。すぐに循環器の日直の先生に相談してみます」
 電話を切り、看護師に伝える。
「すみません、循環器の日直の先生に電話つないでもらえますか?」
 僕が言い終わると同時に、病室に1人の男が入ってきた。循環器内科の宮沢だ。
「循環器日直の宮沢でーす。 昨日ディーゴから相談があった2 人を診察に来たんですが、病室はここですかね」
「先輩!」
 宮沢に、初めて後光が差して見えた。

※「DDDDD〜ディーゴ〜」は毎週月曜に掲載