【前回までのあらすじ】

 江戸大学病院の初期研修医1年目、ディーゴとジョージ、レイカ。6月から消化器外科での研修が始まり、分子標的薬治療の患者を担当することになった。しかし、同日に入院した2人の患者の血液検査結果がなかなか改善しないことに悩み始めていた。



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 6月11日、土曜日。朝9時に病棟に到着する。週末は研修医の朝の採血が免除されるため、ゆっくり出勤で問題ない。まだ採血結果が出ていなかったため、研修医3人で病室に診察に向かった。同日、同部屋に入院した海野サチさんと高井カネさんは同年代ということもあり、かなり仲良くなってきている。病室を訪問しているはずなのに、おばあちゃんの家に遊びに来たかのような安心感だ。
 ただ、ジョージが担当している高井さんは薬がどんどん追加されていることと慣れない入院生活によって精神的にかなり参っているようだ。
「入院してから次々に薬が追加されてるみたいだけど、私はそんなに悪いのかね。食欲は湧かないし、最近は水分も喉を通らないよ…」
 僕とレイカが担当している海野さんは終始笑顔だが、1つ気になる症状が出現している。
「脈が飛んでるのが自分でも分かるのよね。以前から時々あったけど、昨日から特に多いわね…」
 海野さんのモニター心電図を見ると、確かに期外収縮が増えている。薬の副作用なのか、電解質異常によるものか。いずれにしても注意が必要だ。

 そうこうしているうちに、今日の血液検査結果が出た。電解質補正の成果が出ることを期待していたが、結果はあまり思わしくないものだった。まず、海野さんのカリウムは5.5から5.7と少し高くなっていた。特に問題なのは、高井さんの検査結果だ。カリウムがさらに下がっているのだ。2.8まで低下している。2人ともカリウムの補正を強化しているだけに予想外の経過だ。これが、今使ってみている分子標的薬の副作用なのかもしれない。
 治療方針について悩んでいると、病棟の看護師から電話を渡された。受話器の向こうから少し高くて早口な声が聞こえてくる。細田医局長だ。
「おはようございます。細田です。高井さんと海野さん、あまり検査結果良くないですね。電解質異常が更に増悪していますし、海野さんは期外収縮も頻発していますね。症状や顔色はどうですか?」
 昨日設定していたシステムを使って、院外から血液検査とモニター心電図をチェックしたようだ。
「海野さんは安静時に脈が飛ぶ結滞の症状を自覚しています。高井さんは入院生活に参ってきているようで、さらに食欲が落ちているようです」
「そうですか。とりあえず、海野さんについてはカリウム制限食とポリスチレンスルホン酸カルシウムのゼリーを続けましょう。グルコン酸カルシウムの静注やGI(グルコース・インスリン)療法をするかどうかは、もう少し様子を見てもよいでしょうね。高井さんについてはもっとカリウムを補正する必要がありそうですね。点滴のカリウムを2倍に増やして、スピロノラクトンも2錠に増やしてみましょう。申し訳ないですが、明日の朝も血液検査オーダーしてもらえますか?」
「分かりました」
 僕は言われた通りに指示を出し、今日の業務を終えた。


 土曜の夜は毎月恒例の「ディーゴ飲み会」だ。今回でもう3回目になる。僕たち初期研修医3人と後期研修医の宮沢、救急外来看護師の白石さんの5人で、いつもの居酒屋「ビート」に集合する。例によって宮沢は30分の遅刻だったが、今回からは待たずに乾杯することを事前に決めていたので、宮沢が到着した頃にはみんな2杯目に入っていた。

(イラスト:司馬サヤカ)

 宮沢が、消化器外科研修の初日に会ったときのことを振り返る。
「あの時の細田先生、怖かったなー」
 内容に反して、宮沢は満面の笑みを浮かべている。ちなみに外勤先からそのまま車で来たので今日は飲まないそうだ。もしかしたら、前回の飲み会で完全に記憶を失ってしまったことを気にしているのかもしれない。一方の白石さんはというと、飲まない宮沢を全く気にする素振りもなく、ビールをガンガン飲んでいる。

 話題は、自ずと消化器外科の先生たちのことになった。科が変わっても、「江戸大学病院のスピーカー」宮沢の情報は非常に有用だ。細田医局長、そして講演会のときにわざとらしく口をすべらせていた石井教授と鈴木准教授の過去についても語り始めた。