その日の夕方、僕らが3人で話していると、ジョージが真剣な顔でこう言った。
「今週、ほんとに急変が続いてるな。初めて目の前で心筋梗塞を発症する人見たよ。本当に突然胸を押さえて苦しむんだな。それより、火曜と木曜の中心静脈カテーテル手技中の急変の原因はなんだろう。原因が分からないからTIA、ってするのはどうかと思う。他に原因はないのかな」
「皮下血腫も血栓もあり得ないって昨日言ったじゃない!」
 レイカは昨日の話を持ち出され、少しヒステリックに顔をひきつらせながら声を出す。
「うん、そうだよ。ありきたりな合併症は否定できると思うんだ。でも何か見落としがないかなって思ってさ。だって2例も続けて一過性の意識障害なんておかしいだろ。…いや、2例じゃない。さっき調べたらその前にも2例、CVカテーテルの手技中の急変があったらしい。だから正確には4例連続だ」
 確かにその通りだ。だが、それ以上は話が進まない。「3人寄れば文殊の知恵」は研修医3人には当てはまらないのだ。
「じゃあ、あれ、使ってみたら?」
 落ち着きを取り戻したレイカが言った。「あれ」とはもちろん4月の連続合併症事件の解決のヒントになったアプリ「DDDDD」のことだ。
「何でもかんでも人に聞くのは良くない。医学書などを読んで自分で調べるべきだ。確かに、前回はうまくいったかもしれない。だけど、おれはアプリに頼り切るのは反対だ」
 そう言うと、ジョージはその場を去ってしまった。

 残された僕とレイカの間に、気まずい空気が流れる。確かに、医学書や論文で調べるのが医師のあるべき姿だろう。だが、さっきジョージ本人が言ったように、今回続いている急変で、ありきたりな合併症は否定的だ。何から手をつけて良いのかすら分からない。そもそも、他の先生たちも原因が分からないからTIAと診断しているのだ。
 合併症なのか、それとも事件なのかは分からないが、何を調べるべきかというアドバイスだけでもほしい。そう思った僕はスマートフォンを取り出し、アプリ「DDDDD」を起動させた。


 僕は、レイカと相談しながら、DDDDDに書き込み始めた。

CVカテーテル挿入の手技中に一過性の意識障害がありました。1〜2時間で完全に意識が戻り、CTやMRIでも異常はありませんでした。原因として何が考えられますか?
5/13 15:35 ディーゴ 


 何と書けばいいのか分からないが、とりあえずこのように質問してみると、すぐに3つのコメントがついた。

普通に考えたら出血性ショック、不整脈、脳梗塞あたりだろうね。
5/13 15:51 津軽三味線


 確かにそうだが、今回は臨床経過や検査結果からも否定的だ。

意識障害なら あいうえおチップス。一過性みたいだからPかS、ヒステリーかTIAだろうね。
5/13 16:02 肥後モン


 あいうえおチップスとは、意識障害の原因となりうるものの英語表記の頭文字を取ったもの。国試対策にも必須の覚え方だ。AIUEOTIPS。PはPsychiatric、SはStroke、Seizure、Shockで脳卒中、痙攣、ショック。なるほど、確かにヒステリーの可能性もある。

あいうえおチップスを1つひとつ除外していくことですね。電解質、アンモニア、低血糖/高血糖、甲状腺、薬物中毒なども考えられると思います。
5/13 16:10 ミスター3時前


 電解質や血糖値は特に異常がなかったが、アンモニアや甲状腺、薬物の血中濃度は調べていない。江戸大学病院では血液検査の検体は、検査室に2日間保管される。2例目の意識障害は昨日だから、まだ検査項目が追加できるはずだ。
 僕とレイカはさっそく、意識障害を来す可能性のある薬物の検査項目を医学書で調べた。それらの薬物の血中濃度と甲状腺/副腎などを追加オーダーして検査室に電話をした。すると、検査室のスタッフからは予想外の言葉が返ってきた。
「同じ検査が既にオーダーされていますよ。主治医の江頭先生が本日追加オーダーしているようです」
 電子カルテで確認すると、確かに既に江頭先生が検査を追加していた。もしかしたら江頭先生も「ディーゴ」を見ているのだろうか。しかし、検査追加のオーダー時間は15時59分。つまりディーゴでコメントがついた時間より10分早いのだ。まさか、あのコメントをしてくれたミスター3時前は、江頭先生なのだろうか――。


※「DDDDD〜ディーゴ〜」は毎週月曜に掲載します。