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「ディーゴたち、こっちに来いよ!」
 電子カルテの入力を終えた宮沢が、僕らを手招きしている。近寄ってみると、電子カルテの画面には江頭先生が記載したカルテが表示されていた。
「総合診療科の江頭先生のカルテは、研修医にとって非常に勉強になるカルテだからよく見ておけよ。あの人は対人コミュニケーションが苦手だけど、医師としての能力はかなり高い。診断や治療はもちろん、専門の科に割り振るタイミングも適切。総合診療医として本当に優秀な先生だよ」
「そうなんですね。学生の間では変な先生ってことで有名でしたが…」
 ふと江頭先生のほうに目を向けると、別の患者さんのベッドサイドでまたどもっている。隣ではまた白石さんが「通訳」している。本当に優秀な先生なのだろうか。人は見た目では分からないものだ。
 最後に宮沢が、思い出したように付け加える。
「さっき江頭先生に頼まれたんだけどさ、総合診療科の患者さんのCVカテーテルを入れることになったよ。次は…、レイカにやってもらおうかな。明日までにしっかり予習してきてね」
 江戸大学病院の総合診療科は固定の病棟を持っていない。そのため、先月の事件以来、予定入院を減らして閑古鳥が鳴いている循環器病棟に、総合診療科の患者が何人か入院しているのだった。江頭先生は一切手技をしない。そこで、診療科は違うが、宮沢が代わりに手技をしてあげることが多いようだ。


(イラスト:司馬サヤカ)

 5月12日木曜日。レイカは朝からCVカテーテルで頭がいっぱいのようだ。朝のカンファレンスの時から、明らかに緊張している。ポケットに入れた小さな紙をチラチラ見ながら、なにやらブツブツ言っている。おそらく、手技の手順をまとめてきたのだろう。

 夕方、いよいよレイカのCVカテーテルデビューの時がきた。今日も、担当看護師は角野さんだ。相変わらず落ち着かない様子で汗をかきながら、ベッドサイドで注射器や道具を準備している。主治医の江頭先生もやってきて、何も言わずに病室の入り口付近に立ってこっちを見つめている。レイカが清潔なガウンをぎこちなく着る。宮沢もガウンを着ると、いよいよ手技が始まった。
 今日の患者さんもまた内頸静脈。右の鼠径は長期留置すると感染症のリスクが高いこと、鎖骨下は気胸の合併症のリスクがあることから、江戸大学病院では最近は内頸静脈を選択することが多いとのことだ。

 穿刺部周囲を消毒するレイカの手が震えている。とはいえ一昨日のジョージが落ち着きすぎていただけで、初めての手技をするときはレイカの反応の方が普通なのだろう。震える手で局所麻酔を終えると、いよいよ試験穿刺だ。超音波のプローブを宮沢が持ち、レイカは穿刺に専念したが、なかなかうまくいかない。10分程格闘し、ようやくうまく血管内に針先が入って、シリンジに静脈血の逆流があった。レイカは額から首筋まで汗だくだ。

 ここで、レイカは宮沢と交代した。宮沢は、手際よく手技を進めながら、相変わらず言葉を発し続けている。研修医教育のためなのか、単なるおしゃべりなだけなのか…。おそらく後者だろう。
 今日は、エコーのプローブを患者の皮膚に対して垂直に当て平行に動かすsweep scan techniqueと、垂直に当てたプローブを前後に傾かせるswing scan techniqueの2つを解説しながら手技を進める。血管を立体像として認識するためには、この2種類の確認法を必ず行うことが必要なのだそうだ。
「まあ、俺レベルならエコーなんか当てなくても血管を立体で認識できるけどな。ガハハハハ」
 CVカテーテルで最近合併症が続いているにもかかわらず、宮沢は上機嫌で無駄口を叩きながら進めている。それでも手技はスムーズに終わり、術者2人が清潔ガウンを脱いだ。そして、患者さんに掛かっている清潔な布を取った。