バタバタと人が集まり、山本さんをストレッチャーに移乗してCT室へ急ぐ。意識障害のため頭部CT、さらに手技中の急変のため胸部CT検査を行ったが、特に異常所見は認めなかった。引き続き、頭部MRI検査を行ったが、これもまた特に異常なしだった。MRI検査が終わる頃には山本さんの意識は徐々に回復し、病室に戻った時には普通に話せるようになっていた。
 山本さん曰く、手技中も特に体調に変化はなく、宮沢先輩が「はい、2回チクっとしまーす」と言った頃からフワフワした感覚がして意識が遠のき、次に気がついた時はMRI室にいたそうだ。

「いったい何が起こったのか…。とりあえず、血液検査も追加しよう」
 困惑した様子で、宮沢は血液検査をオーダーした。
 結果は、電解質異常なし。血糖値も71mg/dLで正常下限。BNPと肝逸脱酵素が軽度高値だったが、それも直近の検査結果とは変わりなく、今回の急変の原因になるようなものは何一つ見つからなかった。
 結局、一過性脳虚血発作TIA)疑いということになった。
 TIAとは、脳血流が一時的に悪くなり、運動麻痺、感覚障害、意識障害などの症状が現れる疾患だ。以前は24時間以内に症状が消えるというのが定義だったが、最近では持続時間は問わず、一過性に神経脱落症状が出現したらTIAと診断される。TIAを起こした人の10〜15%が3カ月以内に脳梗塞になり、その半数は2日以内に発症するという報告もあり、TIAが疑われた場合にはただちに予防治療をすることが重要だ。

 嵐が過ぎ去った、夜のナースステーション。角野さんが残ってカルテを入力している。山本さんが急変した時の経過を記録しているようだ。
「大変でしたね。角野さんって4年目なのにすごいですね。やっぱり集中治療室勤務だったからですかね。急変にも動じることなくテキパキ仕事をする姿、カッコ良かったです」
 何もできなかった僕は、正直な気持ちを伝える。しかし、彼女はこっちをチラッと見ただけで、何も言わずにそそくさとナースステーションを出て行った。どうやら、かなりの恥ずかしがり屋のようだ。


 翌日、ジョージと2人で山本さんを病室で診察した。昨日の急変が嘘のように元気な様子で、おしゃべりなおばあちゃんだった。

 水曜日の今日は、病棟と救急外来担当の日だ。病棟業務をしていると、「救急外来に狭心症疑いの患者さんが来ているから行くぞー」と宮沢からPHSで連絡があった。僕たち3人は、急いで救急外来に向かった。
 救急外来に到着すると、白衣を着た挙動不審な中年医師がベッドサイドに立っていた。あの人は確か、総合診療科の江頭先生だ。いつもどもっているのが特徴で、ポリクリ中にみんなで真似をしていたのが懐かしい。その横に立っている看護師は、白石さんだ。私服もきれいだが、ナース姿もまた素敵だ。
 僕らに宮沢を加えた4人がベッドサイドに到着すると、江頭先生の挙動不審プレゼンが始まった。
「お…、ん…、狭心症です…。いや、狭心症だと…思います…」
 すぐに横にいる白石さんがすかさず説明する。
「松本優子さん、73歳女性で労作性狭心症疑いです。本日当院の皮膚科受診予定で、外来に向かう途中の階段で胸痛があったので救急外来受診に変更になりました。江頭先生の指示で、ニトロペン舌下前後で心電図を取っています」
 そう言うと、白石さんは2枚の心電図を出し、そのうちの1枚を指し示した。
「こちらがニトロペン舌下後の心電図です。ST変化が正常に戻り、症状も完全に消失しています。既往歴や内服薬などは江頭先生のカルテをご参照ください」
 白石さんが説明しているというのに、隣にいる総合診療医は相槌を打つでもなく、ただボーッと立っている。終始、目は泳いだままだ。
 宮沢は白石さんと江頭先生の顔を交互に見ながら、「うん、よく分かりました。ありがとう。江頭先生もありがとうございました。あとは循環器内科で引き継がせていただきます」と言い、そのまま松本さんの診察を始めた。

 松本さんの胸痛は数カ月ぶりで症状が安定しているということで、労作性狭心症の診断がついた。冠動脈CTを予約して外来フォローになったが、「ささいな運動でも症状が出現するようなら入院を検討するので、すぐに病院に来てください」と宮沢が告げた。
 安定している狭心症であれば、外来で冠動脈CTと運動負荷(or薬剤負荷)心筋血流シンチを施行してから予定入院になる。この流れは、4月に起きた連続合併症事件以降も変わらない。

 松本さんがお辞儀をしながら救急外来を出て行くと、仕事が一段落したのか、白石さんが話しかけてきた。
「ディーゴ、久しぶり! あの事件以来、研修医生活どう? そうそう、角野さん循環器なんだよね! 元気に仕事してる?」
「角野さん、すごかったですよ。昨日、病棟の患者さんが急変したんですけど、CT室への連絡や処置が早くてビックリしました。集中治療室勤務だったから経験豊富なんですかね」
「えっ…、そうなんだ。彼女すごく頑張り屋さんだから、そう言ってもらえるとうれしいな。そうだ、今週末、時間ある? 前回の5人に角野さんも加えて、第2回ディーゴ飲み会やろうよ!」
 もちろん、断る理由なんてない。
「いいですね、やりましょう♪」

 白石さんの首に掛かっているナースコールが鳴った。救急外来は今日も大繁盛だ。
「詳しくは、また連絡するね。角野さんには私から連絡しておく。土曜日の夜、予定空けといてね!」
 そう言うとナース姿を翻し、白石さんは仕事に戻っていった。


※「DDDDD〜ディーゴ〜」は毎週月曜に掲載します。