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 午後の病室。CVカテーテルに入る宮沢とジョージは、清潔なガウンに着替えている。患者は83歳女性の山本さんだ。穿刺部位は、右内頸静脈に決まった。

「4月に集中治療室から異動してきました看護師4年目の角野秋奈です。CVカテーテルの手技につかせてもらいます。よろしくお願いします」
 丁寧に挨拶する看護師の角野さんは救急外来看護師。江戸大医学部テニス部で僕の2年先輩の白石さんと同期だ。小太りで眼鏡を掛けており、愛嬌のある顔をしている。悪い言い方をすれば、「かわいいオッサン顔」といったところだ。額に汗をかきながら、セカセカと注射器や道具の準備をしている。

(イラスト:司馬サヤカ)

 そうこうしているうちに、CVカテーテルの準備が完了した。清潔ガウンを着てマスクと帽子をかぶったジョージが山本さんの頭側に立ち、消毒をして、穴が開いた布をかぶせる。皮下に麻酔をした後、超音波で血管の走行を見ながら内頸静脈に針先を進める。初めての手技とは思えない、スムーズな手さばきだ。
 ジュワッと10ccのシリンジに赤黒い液体が逆流してくる。
「よし、そこそこ。うまいね。初めてとは思えないくらい上手だ」
 そう言いながら、宮沢が今までジョージが立っていた位置と入れ替わろうとするが、ジョージはその場を動こうとしない。
「…ジョージ。お前、最近この病棟で起こっている噂、聞いてないのか?」 
 宮沢が、患者さんに聞こえないように押し殺した声とともにジョージをにらみつける。
 そういえば、循環器病棟のCVカテーテル中に合併症が続いているという噂を聞いたことがある。岸本准教授による連続合併症事件の後でみんな疑心暗鬼になっているのだろうと、僕はあまり気にしていなかった。しかし、初期研修医が手技をしたせいで、その噂が現実のものとなってはならない。ジョージもそう考えたのか、潔く引き下がった。

 ここからは、おしゃべり男の独壇場だった。
「じゃ、よく見てて。今日は外筒があるタイプを使うよ。今ジョージがやったように、針先を進める。はい、逆血があったから血管内だね。でも、まだここでは外筒が血管内には入っていない。1mmか2mm進める。ここポイントね。ルートキープのサーフロと同じように外筒と針先には少しズレがあるからね。で、こうして針を抜くと…ほら、外筒内の血液の面が呼吸とともに上下しているだろ。これで静脈内にあることが確認できる。だけど、ちゃんと確認するよ。空の注射器をつけるんだ。うん、逆血がしっかりあるから血管内だ。そしたらガイドワイヤーを入れる。そして外筒を抜いてダイレーターで広げるんだ。これを忘れるとカテーテルを挿入するときに入らないから気をつけてね。そして、カテーテルを挿入っと」
 この男は、手技中もずっとしゃべっているようだ。重要なポイントを理解しなければならない僕ら研修医にとっては、非常にありがたい。
「山本さんの体型なら、12cm固定でいいかな。よし、固定っと。次に血管内をフラッシュするよ。この容器の中にヘパリン入りの生食が用意されているから、これで管の中を生食で満たすんだ。血液が残った状態で放置すると血栓の原因になるからね。はい、フラッシュ終わり。2針で固定するよ。はい、2回チクっとしまーす。シールをペタっと貼って終了。はい、じゃ、ポータブルX線の連絡よろしくねー」
 角野さんに放射線科への電話連絡をお願いし、CVカテーテルは終了した。仕上げに、X線でカテーテル先端の確認や、気胸などの合併症がないかを確認するのだ。
 それにしても早い。結局、ジョージが宮沢に代わってから、3分程で手技が全て終わってしまった。宮沢は清潔ガウンを脱ぎ、患者さんの顔に掛かっていた清潔な布を取ると、「山本さん、終わりましたよ。お疲れ様」と耳元で声を掛けた。しかし、山本さんの反応がない。それだけじゃない。顔面蒼白で大量に汗をかいている。

 なんだか様子もおかしい? 僕がそう思ったとき、肩を叩きながら呼びかけていた宮沢が大声を出した。
「やばい、意識レベルが落ちてる。開眼もしない。JCS 3桁! 急変コール!」
「はい!」
 角野さんはベッドサイドのナースコールで急変を伝えると、すぐに血圧を測定しながら、放射線科に電話をした。
「血圧90の50、血圧が低いので点滴のスピードを早めます。MRI室は15分後、CTはすぐに撮れるそうです!」
 角野さんはさらに続ける。
「モニター心電図は脈拍95の洞調律です。意識レベルはJCS 3桁で変わりありません。SpO2はroom airで99%です。明らかな麻痺はなさそうです。点滴1本目がもうすぐ終了します。点滴は手元にある生食500mLをつなぎます。それではCT室に向かいます!」