事件の解決の糸口をつかんだXデー前夜。ジョージの指示のもと、僕たちは手分けをして証拠集めに走った。
宮沢は、業者に頼んで翌日使用する予定のステントAgari 2.5×18mmを新しく用意した。これはスムーズに進んだようだ。問題は、過去に使用したステントの空箱が保管されている場所を調べて空箱やシールを回収することだった。
 医療廃棄物室への入室。既に夜だったこともあり、事務が対応してくれなかったのだ。江戸大学病院の事務は力が強く、いわゆる「お役所仕事」。交渉の余地なく門前払いされた。
「人の命が掛かっているんです。お願いします」
 そこでレイカが涙目でお願いすると、事務のおじさんが陥落した、という次第だ。美女の涙が最大の武器であることを初めて目の当たりにした一幕だった。


 事件解決から1週間。徐々に、真相が明らかになってきた。

 10年以上掛けて、100本以上のステントをコレクションしてきた岸田准教授。いつしか「本物」が欲しくなった。しかし、1本20万円以上という価格もさることながら、「本物=正規品」が個人の手に渡ることはない。いくつかの業者に当たったが、どうしても手に入れられなかった。
 コレクター魂が抑えられず、悶々としていた2月末。ある匿名の手紙が准教授室に届いた。差出人には、「メディカルウォッチマン」と書かれていたという。手紙で指南された通り、カテーテル室の棚から当時一番欲しかったステントを取り出し、同じバーコードのシールを貼ったコレクションの不良品と入れ替えた。
 数日後、そのステントを使用したのが金子教授だった。それが3月に起きた、最初の事件だ。合併症が起きてザワつくカテーテル室を見ながら、岸田は罪悪感や後悔の念に駆られた。
 もうやめよう。自分のせいで合併症が起きてしまった――。

 しかし思わぬ展開が待っていた。 金子教授のカテーテルで合併症が起こると、自分の評価が上がるのだ。
「やっぱり心臓カテーテルといえば岸田准教授だな」
「江戸大学病院の循環器内科は岸田先生が引っ張っている」

 医局内の医師だけでなく、病棟の看護師までもがこう噂する。意図せずして、自分の株がどんどん上がっていく。こうなると、岸田はもう、自分を止めることはできなくなっていた。
 最初は本物のステントが1本欲しかっただけだったのに、いつしかすり替えることが目的に変わった。
「このステントが欲しい」ではなく、「このステントを入れ替えればまた金子教授の評価が下がる。そして自分の評価が上がる」という思考に変わったのだ。
 こうして、術前精査済みの予定カテーテルで連続して合併症が起きる、という通常の確率では起こり得ない事態になった。結果的にその不自然さが解決につながったというわけだ。
「手紙の差出人は、何のためにそんなことしたんだろう?」
 僕がつぶやくと、ジョージもレイカも首をかしげた。岸田をけしかけ、こんな事件を起こさせたメディカルウォッチマン。少し寒気がした。

「ところでさ」
 レイカが思い出したようにヒソヒソ話を始める。「4月以降、病棟でもCVカテーテル手技後の急変が続いているらしいよ。なんだか、嫌な予感がするね…」

 まさか、循環器内科研修中にまた事件に遭遇することになるとは……。