「証拠は4つ。いや、現時点で提示できるのは3つです」

(イラスト:持田 大輔)

 この状況で、腕を組みながら冷静に話し続けるジョージ。横で聞いている僕の足は相変わらず震え続けている。
「1つ目はもちろん、昨夜ここから回収し、今はこの箱の中にあるステントです。このステントが不良品や改造品であれば、いまお話しした推理の根拠としては十分でしょう」
「2つ目は、過去に使用したステントの箱です。3月に使用した分は既に処分されていましたが、4月以降の分は院内の廃棄物保管室にまだ残っていました。それぞれの箱や内側の袋の表面から、複数人の指紋が検出されています。ここから先は警察の仕事なので、誰の指紋かはまだ分かりませんが、共通する人物の指紋があればその人が犯人である可能性が高くなります」
「3つ目はカテーテル室への入室記録です。ご存じの通り、カテーテル室の入り口は病院スタッフに配布されている個人IDカードを使用しなければ開きません。6例の合併症が起きた日と、その前日の入室記録を調べました。すると、前日の深夜もしくは当日の明け方など不自然な時間帯に入室している人がいると分かったのです。そう、岸田准教授、あなたでした」

 そこで再度深呼吸し、ジョージは岸田の目をじっと見つめる。そこにいる55歳の男の目は、もうどこを見ているかも分からないほど泳いでいる。
「そして4つ目。これはまだ手元にありません。これから准教授室のコレクションの棚を調べさせてください。過去に合併症を起こした6例と同じステントの正規品があれば、あなたが犯人である十分な証拠になる!」

 岸田にはもう、笑う力も反論する力も残ってはいなかった。その場に崩れ落ち、下を向いたままジッと黙った。


 心電図のモニター音だけが響く室内。いつの間にか、カテーテルの手技は終了していた。

 パチパチパチパチ

 拍手の音が聞こえる。皆が一斉に目を向けると、カテーテルを終えたばかりの金子教授が清潔ガウンを脱ぎながらカテーテル室から出てくるところだった。
「寺西先生、見事な推理でした。すばらしい」
 金子教授が、穏やかな表情で言葉を続ける。
「でも、1つだけ誤りがありますよ。今日使用したステントはあなた方が用意したステントではありません。私が予め用意して看護師に渡しておいたステントです。確証はありませんでしたが、私もステントに細工されているのではないかと疑い始めていたため、今日は私が業者に頼んで用意しておいたステントを使いました。あなたが用意したステントは、あそこにまだありますよ」
 そう言って棚を指さす。僕が今朝すり替えた「Agari 2.5×18mm」が、まだそこにあった。

 と、その時、金子教授の穏やかな顔が一転した。
「今は入ってくるな!」
 突然、声を荒げる。目線の先には術中に手洗い場で待機していた撮影班3人がいた。術者インタビューのため操作室に入って来ようとしていたが、一喝され、操作室から出ていく。金子教授は周囲を見渡し、
「江戸大学病院関係者以外は退室して頂けますか?」
 他病院から見学に来ていた3人の医師は、この場の雰囲気に圧倒されて逃げるように早足で出て行った。部外者が部屋から出たことを確認すると岸田准教授のもとに歩み寄った。旧友の自首を促すのだろうか。しかし発せられた言葉は意外なものだった。
「岸田准教授、君は今日限りで准教授ポストを退き、関連病院に異動です。今すぐ自分の部屋を片付けて大学病院から出て行きなさい」

「えっ」
 予想外の展開に、関係者一同言葉を失った。合併症事件の真相が明らかになりつつあるのだ。異動などという悠長なことを言っている場合ではないだろう。そもそも、准教授室の棚には事件の証拠となる正規品のカテーテルがまだあるはずだ。

「准教授室にあるコレクションを調べないと一連の事件の真相が、まだ…」
絞りだすように発言した僕を、金子教授は一瞥した。
「君は何を言っているんだ。今日のカテーテルは無事に終わった。事件など起こっていない。そもそも警察が動いていないし、捜査令状もないのに、調べられるわけがないだろう」
そう言うと、また岸田准教授の方を向いて
「だから、今日限りで君は異動だ。今から教授室で辞令を交付します。さあ、行こう」
 金子教授は、座り込み、うつむいていている旧友の腕を取ると、そのまま引きずるように操作室から出て行った。

 大学病院という白い巨塔の出世レースの中で、いつしか教授、准教授の肩書を外した会話ができなくなった同級生2人。最後は、あまりにもはかないものだった。

※「DDDDD〜ディーゴ〜」は毎週月曜に掲載します。次回、Episode 1最終回!