金子教授が造影剤を注入すると、どこに狭窄があったのかさえも分からないくらい、きれいな血管が造影された。 自然と場内に沸き起こる拍手。最難関と思われた治療がうまく行ったことで、関係者達にも笑顔が見られた。
「さすが、金子教授だ!」
「Kaneko-Rota(カネコロータ)バンザイ!」
 もう全ての治療が完璧に終わったかのような喜びようだ。 そこへ金子教授の声がマイク越しに響く。

「それでは引き続き、左前下行枝の病変の治療を行います」
 いったん我に返り、静まり返る見学者。しかし、静寂は長くは続かない。
 そう、誰もが思っているのだ。右冠動脈の難しい病変を完璧に治療できた。これから治療する血管なんて、それこそステントを置いてくるだけ。若手医師の練習に最適と言えるほどシンプルな病変だ。 口には出さないが、みんなそう思っている。いや、正確には「1人」を除いて。
 緊張感がなくなり、私語が出始めた見学者もいる中で、あの男だけはカテーテルの処置台を食い入るように見ているのだ。

 カテーテル室内では、淡々と手技が進んでいる。IVUSで血管を評価して前拡張をする。金子教授の声が、またマイク越しに響く。
「左前下行枝seg7のシンプルな病変は、術前の検査通りですね。当院では万全の体制でカテーテルに臨むために術前にトレッドミル運動負荷心電図検査、冠動脈CT、運動負荷心筋血流シンチを全例行っております。それにより、昨年までの過去5年間のデータですが、合併症率1.5%という安全性の高い医療を提供できています」 
 順調に進行しているからか、多弁だ。術前の検査をしっかりすることで周術期のトラブルを減らし、ベストな治療を提供するというのは江戸大学病院循環器内科のポリシーである。ただ、最近連続している合併症のことには触れず、「去年までのデータ」で語るあたりが小ざかしい。
「それでは、Agari 2.5×18mmを留置します。Agariステントは、先ほど説明した通り、非常に優れた治療成績を残しているステントです」
「インフレーション」  
「2、4、6…。12気圧です」
「20秒、デフレーション」

 順調に進んでいるようだ。 後拡張も終わり、いよいよ最後の確認造影の時がきた。シンプルな病変で、特に問題もなく経過しているため、みんな安心しきった顔をしている。しかし、あの男だけは身を乗り出し、両手を握りしめてカテーテル室を凝視している。
「それでは最後の造影をします」
 金子教授はそう言うと、造影剤を注入した。


(イラスト:持田 大輔)

 そこには、これ以上ないくらい、完璧に治療された左前下行枝が描出されていた。

 その瞬間、ガタンとイスが倒れる音が操作室に響く。
「なぜだ…」
 そうつぶやく あの男に、背後からジョージが告げる。
「E.B.M. Evidence Breaks Malice!」

「エビデンスは出そろった。心臓カテーテル連続合併症事件の犯人は、あなただ」


※「DDDDD〜ディーゴ〜」は毎週月曜に掲載します。