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 今日はいよいよXデー。「5病院合同心臓カテーテルライブ」の日だ。朝からカンファレンス室に集められ、循環器内科の医師たちに金子教授が挨拶。次に、岸田先生から注意点などの簡単な説明があり、各自、持ち場についた。

 カテーテル室に到着してみると、驚いた事に、2人のカメラマンが大型ビデオカメラを構えている。アナウンサーらしき女性も来ていた。年に1度の合同イベントということでかなり力が入っているようだ。言い換えれば、相当のお金を投入しているイベントでもあるようだ。

 そこへ、不機嫌そうな顔のレイカが通りかかった。どうやら、ビデオカメラの前で今日の症例を紹介するという大役を任されたようだ。年齢、性別、既往歴、症状、術前精査、治療方針などが書かれた原稿を読むよう、今朝のカンファレンスの後に言われたという。カメラ映えを考えてレイカが選ばれたのだろうが、さすがに当日伝えるのはいかがなものか。僕だって、そんな大役を任されたら緊張で倒れそうだ。と思ったが、どうやらレイカの不機嫌はそこではないらしい。
「昨日言っててもらえれば、もっとマスカラを盛って来たのに。チークもお気に入りのをして来たのに〜!」


 午前9時前、続々と人が集まってくる。その中には、江戸大学病院の循環器内科医だけでなく、他科の医師や勤務外の看護師、他の病院の医師らしきスーツ姿の男性の姿も見える。
 人混みの中、「あの男」は特にいつもと変わらない様子で座っている。本当にが犯人なのだろうか。

 午前9時になり、カテーテルライブの放送が始まった。まずはレイカのプレゼンテーションだ。
「それでは本日の症例の紹介です。田中大吉さん、75歳男性。高血圧症と糖尿病に対して近医で内服加療中でした。半年程前から労作時の胸部不快感を認め、労作性狭心症の疑いで当院循環器内科紹介となりました。冠動脈CTと運動負荷心筋血流シンチを行った結果、右冠動脈seg2と左前下行枝seg7に有意狭窄を認めました。特に右冠動脈の病変は高度石灰化を伴っています」
 ここで一息入れる。そして両手を広げ、教授の紹介をした。
「本日は、ロータブレーターを300症例以上経験している江戸大学病院循環器内科教授、金子秀優先生に治療していただきます」
 満面の笑顔で金子教授を紹介するレイカは、まるで結婚披露宴の司会者のようだ。頬がピンク色になっているのは、緊張で紅潮しているのか、それともこの短時間でお気に入りのチークを塗ったのか。いずれにしても今朝突然の指名とは思えない、完璧なプレゼンだった。

 引き続き、冠動脈CTや運動負荷心筋血流シンチグラフィの画像を提示しながらカテーテル室長である岸田先生が詳細に追加説明する。 その横をすり抜けるようにしながら、清潔ガウンに着替えた宮沢がカテーテル室に入っていく。僕と目が合うと、大きくうなづきながら軽く手を挙げた。「後は頼んだぞ」というメッセージだろう。
 今日のカテーテルの術者は金子教授。第一助手は近藤先生、そして第二助手に宮沢だ。こういうイベントの時は医局長である近藤先生が必ず第一助手に入るそうだ。当初は、第二助手に佐藤先生が入る予定だったのだが、今朝突然辞退したため宮沢が入ることになったようだ。
 右鼠径部の大腿動脈にシースが入り、カテーテルが挿入される。相変わらず宮沢は手技がうまい。引き続き、冠動脈の造影検査が行われた。ライブということもあり、造影検査結果について金子教授が説明する。
「左前下行枝については術前の検査通りシンプルな病変ですね。右冠動脈は術前の冠動脈CTで評価できないほど石灰化が強かったのですが、やはり高度狭窄を認めます。ロータブレーターが必要ですね。本日使うのは、今年の2月にPMDA(医薬品医療機器総合機構)の認可を受け保険償還されたばかりの最新式のロータブレーター。名前はKaneko-Rota(金子ロータ)です」
 自分の名前の入ったデバイスの宣伝を入れてくる金子教授。宮沢経由の噂によると、売上の10%が金子教授に入る仕組みらしい。 “カネの金子”ここにあり、と言ったところか。

「それでは、右冠動脈から治療して行きましょう」
 そう言うと、金子教授はロータブレーターを手に取り、治療を開始した。 グウィーン、グウィーンというロータブレーターの機械音が響く。
 続いて、IVUS(血管内超音波)で血管壁の性状を評価し、バルーンで前拡張。いよいよ、ステントを留置する時がきた。
「血管径は3mm、長さは…28mmで良さそうですね。術前の冠動脈CTでは病変はもう少し短いかと思っていたのですが、石灰化が強いと術前の評価は困難ですね。それではAgari 3.0×28mmを留置します」
 金子教授は、滑らかに説明を続けながらステントを取る。
「Agariステントは、オールマイティーに使えるステントです。他のステントと比較して、亜急性期のステント血栓症や再狭窄率が優れているという研究結果をまとめた私の論文が、ヨーロッパやアメリカの学会からも高く評価されております」
 そのまま、ステントを置いた。江戸大学病院関係者は連続で合併症が起こっていることを知っているため、祈るような目で静観している。
 ――1人を除いて。そう、あの男だけは、特に表情を変えずただボーっと見ていた。

「インフレーション」  
「2、4、6…12気圧です」
「20秒。デフレーション」    

 江戸大学病院関係者一同の心配をよそに、カテーテル室内では淡々と治療が進んでいく。後拡張を終え、いよいよ病変の処置がうまくいっているか、血管に造影剤を流して確認する時がきた。 緊張の一瞬だ。