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 朝7時、病院に到着。連日徹夜でパソコン画面に向き合っていて疲労が蓄積したのか、昨日は帰宅後そのまま朝まで眠っていた。循環器病棟のカンファレンス室に到着すると、ジョージが電子カルテの前で何やら作業をしている。そして、机の上には数冊の医学書とギッシリ書き込まれた20枚程のレポート用紙が散乱している。僕やレイカがアプリを作るために動いている間、ジョージはこれまでのカテーテルのデータを徹夜でまとめ続けていたのだろう。
 ジョージは医学生時代からそういうヤツだった。「効率」とか「便利」という言葉が嫌いで、全て「自力」で乗り越えていくのだ。過去問や先輩から引き継がれたテスト対策ノートなどには見向きもせず、1人黙々と医学書を読み漁っていた。6年生になって、みんなが医師国家試験予備校のビデオ講座で国家試験対策をしている時も、そのスタンスは変わらなかった。
 非効率なようにも感じるが、成績は常にトップクラス。常々言っていたセリフがこれだ。
「みんな不確実なものに頼り過ぎている。過去問やら同級生のテスト情報は間違った情報も含まれる。そんなものに頼らずに医学書でしっかり勉強すれば医学は理解できる」
 そんなことを思い出しながらジョージの横に座ると、やっと気づいたのか、眠そうな青い目をこちらに向け、ため息をついた。
「実臨床の世界って難しいな。これだけ調べたけど、分からない。答えありきの国家試験とは違う」
 出会って6年ちょっと。ジョージが弱音を吐くのを聞いたのは、今日が初めてだ。
「でも、ディーゴの作ったアプリには反対だ。俺は俺のやり方で調べる」
 そう言うと、机の上の医学書と書類をひとまとめに抱え、部屋から出て行ってしまった。


 夕方、僕とジョージがカンファレンス室でそれぞれ作業をしていると、レイカから吉報が届いた。
「アプリの登録者が800人を超えたって。今日だけで500人が登録したらしいよ」
「今日だけで500人?」
 さすが、メディカルトップだ。これだけの医師が集まれば、有意義な意見が聞けるかもしれない。
「よし、今夜作戦を決行するか」
 いつの間にか天才ブチオ、いや宮沢が腕を組んで隣に立っていた。
「Xデーまであと2日しかないですしね。少しはヒントが得られればいいのですが…」

 スマホで、『ディーゴ』を起動する。質問を入力してEnterを押すと、数分でコメントが付いた。

 僕が投稿した質問がコレだ。

PCIで、何例も合併症が続くことはあり得ますか? 具体的にはカテ中のST上昇やVT/VFなどです。考えられる理由や、調べた方が良いことなどあれば教えてください。
4/20 18:30 ディーゴ 


 これに対し、3人の医師からコメントが届いた。

合併症率が2%とすると、3回続く確率は10万分の1。あり得ないとは言い切れないけど、確率は相当低いね。
4/20 18:42 ちんぺい


 今回は3回以上起こっているわけだから、それこそ天文学的な確率になりそうだ。

あり得ない。術者が下手クソか、助手や看護師がなんかやらかしているか。一度手順を確認してみたら?
4/20 18:50 ドクターY


 やはり、誰かが起こしている「事件」なのだろうか。

この情報だけでは何とも言えないですね。まずは性別、年齢、術者や助手、冠動脈の部位、緊急か待機か、ステントの種類など、集められる情報を全て集めてみたらどうでしょうか?
4/20 19:02 ミスター3時前


 確かにその通りだ。1症例ずつを見るのではなく、情報をまとめると、違ったものが見えてくるかもしれない。ただ、まとめるとなると、かなり時間が掛かってしまう。

 と、そこで隣にいたジョージがメモ帳を差し出した。